jiyouの日記

2007-08-30転重軽受法門

転重軽受法門

【てんじゅうきょうじゅほうもん】

 修利槃特(すりはんどく)と申すは兄弟二人なり、一人もありしかば・すりはんどくと申すなり、各各三人は又かくのごとし一人も来らせ給へば三人と存じ候なり。

 涅槃(ねはん)経に転重軽受(てんじゅうきょうじゅ)と申す法門あり、先業の重き今生につきずして未来地獄の苦を受くべきが今生にかかる重苦に値い候へば地獄の苦しみぱつときへて死に候へば人天・三乗・一乗の益をうる事の候、不軽(ふぎょう)菩薩の悪口罵詈(あっくめり)せられ杖木瓦礫(じょうもくがりゃく)をかほ(蒙)るもゆへなきにはあらず・過去の誹謗(ひぼう)正法のゆへかとみえて其罪畢已(ございひっち)と説れて候は不軽菩薩に値うゆへに過去の罪の滅するかとみへはんべり 是一、又付法蔵(ふほうぞう)の二十五人は仏をのぞ(除)きたてまつりては皆仏のかねて記しをき給える権者なり、其の中に第十四の堤婆(だいば)菩薩外道にころされ第二十五師子尊者は檀弥栗王(だんみりおう)に頸(くび)を刎(はね)られ其の外仏陀密多(ぶっだみつた)竜樹菩薩なんども多くのにあへり、又なくして王法に御帰依いみじくて法をひろめたる人も候、これは世に悪国善国有り法に摂受(しょうじゅ)折伏あるゆへかとみへはんべる、正像猶かくのごとし中国又しかなり、これは辺土なり末法の始なり、かかる事あるべしとは先にをもひさだめぬ期をこそまち候いつれ 是二、この上の法門はいにしえ申しを

き候いきめづらしからず円経の六即の位に観行即と申すは所行如所言・所言如所行と云云、理即名字(りそくみょうじ)の人は円人なれども言(ことば)のみありて真なる事かたし、例せば外典の三墳五典(さんぷんごてん)には読む人かずをしらず、かれがごとくに世ををさめふれまう事千万が一つもかたしされば世のをさまる事も又かたし、法華経は紙付(かみつき)に音をあげて・よめども彼の経文のごとくにふれまう事かたく候か、譬喩品(ひゆほん)に云く「経を読誦(どくじゅ)し書持すること有らん者を見て軽賤憎嫉(きょうせんぞうしつ)して結恨を懐かん」法師品(ほっしぼん)に云く「如来現在すら猶(なお)怨嫉(おんしつ)多し況(いわん)や滅度の後をや」勧持品(かんじほん)に云く「刀杖を加え乃至数数擯出(ひんずい)せられん」安楽行品に云く「一切世間怨(あだ)多くして信じし」と、此等は経文には候へども何世(いつのよ)にかかるべしとも・しられず、過去の不軽(ふきょう)菩薩・覚徳比丘なんどこそ身にあたりてよ(読)みまいらせて候いけると・みへはんべれ、現在には正像二千年はさてをきぬ、末法に入つては此の日本国には当時は日蓮一人みへ候か、昔の悪王の御時多くの聖僧のに値(あ)い候いける

には又所従・眷属(けんぞく)等・弟子檀那等いくそばくか・なげき候いけんと今をもちて・をしはかり候、今日蓮・法華経一部よみて候一句一偈(げ)に猶受記をかほ(蒙)れり何(いか)に況(いわん)や一部をやと、いよいよたのもし、但おほけなく国土までとこそ・をも(思)ひて候へども我と用いられぬ世なれば力及ばず、しげきゆへにとどめ候い了(おわ)んぬ。

文永八年 辛羊(かのとひつじ) 十月五日

日蓮花押

大田左衛門尉殿

蘇谷入道殿

金原法橋御房

御返事