jiyouの日記

2007-10-03水のごとく信ずる人

水のごとく信ずる人

【みずのごとくしんずるひと】

上野殿御返事

建治四年二月二十五日 五十七歳御作

与南条七郎次郎

 蹲鴟(いものかしら)・くしがき(串柿)・焼米・栗・たかんな(筍)・すづつ(酢筒)給び候い了んぬ。

 月氏に阿育(あそか)大王と申す王をはしき、一閻浮提(えんぶだい)四分の一を・たなごころ(掌)ににぎ(握)り・竜王をしたがへて雨を心にまかせ・鬼神をめしつかひ給いき、始は悪王となりしかども後には仏法に帰し・六万人の僧を日日に供養し・八万四千の石の塔をたて給う、此の大王過去をたづぬれば仏の在世に徳勝童子・無勝童子とて二人のをさな(幼)き人あり、土の餅を仏に供養し給いて一百年の内に大王と生れたり、仏はいみじしといへども法華経にたい(対)しまいらせ候へば・蛍火と日月との勝劣・天と地との高下なり、仏を供養して・かかる功徳あり・いわうや法華経をや、土のもちゐを・まいらせて・かかる不思議あり、いわうやすず(種種)のくだ(果)物をや、かれはけかち(飢渇)ならず・いまはうへたる国なり、此をもつて・をもふに釈迦仏・多宝仏・十羅刹(らせつ)女いかでかまほ(守)らせ給はざるべき。

 抑(そもそも)今の時・法華経を信ずる人あり・或は火のごとく信ずる人もあり・或は水のごとく信ずる人もあり、聴聞する時は・も(燃)へた(立)つばかりをも(思)へども・とをざかりぬれば・すつる心あり、水のごとくと申すは・いつも・たい(退)せず信ずるなり、此れはいかなる時も・つねは・たいせずとわせ給えば水のごとく信ぜさせ給へるかたうと(尊)し・たうとし。

 まこと(実)やらむ・いえ(家)の内に・わづらひの候なるは・よも鬼神のそゐ(所為)には候はじ、十らせち(羅刹)女の信心のぶんざい(分際)を御心みぞ候らむ、まことの鬼神ならば法華経の行者をなやまして・かうべ(頭)をわらんとおもふ鬼神の候べきか、又釈迦仏・法華経の御そら(虚)事の候べきかと・ふかくをぼしめし候へ、恐恐謹言。