jiyouの日記

2008-01-02十字御書

 十字御書 

【むしもちごしょ】


 十字(むしもち)一百まい・かし(菓子)ひとこ(一籠)給い了(おわ)んぬ、正月の一日は日のはじめ月の始めとしのはじめ春の始め・此れをもてなす人は月の西より東をさしてみつがごとく・日の東より西へわたりてあきらかなるがごとく・とく(徳)もまさり人にもあい(愛)せられ候なり。

 抑(そもそも)地獄と仏とはいづれの所に候ぞとたづね候へば・或は地の下(した)と申す経文もあり・或は西方等と申す経も候、しかれども委細にたづね候へば我等が五尺の身の内に候とみへて候、さもやをぼへ候事は我等が心の内に父をあなづ(蔑)り母ををろ(疎)かにする人は地獄其の人の心の内に候、譬(たと)へば蓮のたねの中に花と菓とのみゆるがごとし、仏と申す事も我等の心の内にをはします・譬へば石の中に火あり珠の中に財のあるがごとし、我等凡夫はまつげ(睫)のちかきと虚空のとをきとは見候事なし、我等が心の内には仏をはしましけるを知り候はざりけるぞ、ただし疑ある事は我等は父母の精血変じて人となりて候へば三毒の根本淫(いん)欲の源なり、いかでか仏はわたらせ給うべきと疑い候へども・又うちかへし案じ候へば其のゆわ(謂)れもやとをぼへ候、蓮はきよ(清)きもの泥よりいでたり、せんだん(栴檀)はかう(香)ばしき物大地よりを(生)いたり、さくら(桜)はをもしろき物・木の中よりさきいづ、やうきひ(楊貴妃)は見めよきもの下女のはら(腹)よりむまれたり、月は山よりいでて山をてらす、わざわい(禍)は口より出でて身をやぶる・さいわい(福)は心よりいでて我をかざる。

 今正月の始に法華経をくやう(供養)しまいらせんと・をぼしめす御心は・木より花のさき・池より蓮のつぼみ・雪山のせんだんのひらけ・月の始めて出るなるべし、今日本国の法華経をかたきとして、わざわいを千里の外よりまねきよせぬ、此れをもつてをもうに今又法華経を信ずる人は・さいわいを万里の外よりあつむべし、影は体より生ずるもの・法華経をかたきとする人の国は体に・かげのそうがごとく・わざわい来るべし、法華経を信ずる人は・せんだんに・かをばしさのそなえたるがごとし、又又申し候べし。

正月五日

日蓮在御判

をもんす(重須)どのの女房御返事

2007-11-07富木入道殿御返事 (願望仏国事)

富木入道殿御返事 (願望仏国事)

【ときにゅうどうどのごへんじ】


文永八年十一月 五十歳御作

於佐渡塚原

 此比(このごろ)は十一月の下旬なれば相州鎌倉に候し時の思には四節の転変は万国皆同じかるべしと存候し処に此北国佐渡の国に下著候て後二月(ふたつき)は寒風頻(しきり)に吹て霜雪更に降らざる時はあれども日の光をば見ることなし、八寒を現身に感ず、人の心は禽獣(きんじゅう)に同じく主師親を知らず何(いか)に況(いわん)や仏法の邪正・師の善悪は思もよらざるをや、此等は且く之を置く。

 去十月十日に付られ候し入道・寺泊より還し候し時法門を書き遣わし候き推量候らむ、已に眼前なり仏滅後二千二百余年に月氏・漢土・日本・一閻浮提の内に天親・竜樹内鑑冷然外適時宜(ないがんれいねんげちゃくじぎ)云云、天台・伝教は粗(ほぼ)釈し給へども此を弘め残せる一大事の秘法を此国に初めて之を弘む日蓮豈(あに)其の人に非ずや。

 前相已に顕れぬ去(いぬる)正嘉の大地震前代未聞の大瑞(だいずい)なり神世十二・人王九十代と仏滅後二千二百余年未曾有の大瑞(だいずい)なり神力品に云く「仏滅度の後に於いて能く是の経を持つが故に諸仏皆歓喜して無量の神力を現ず」等云云、「如来一切所有之法(にょらいいっさいしょうしほう)」云云、但此の大法弘まり給ならば爾前迹門の経教は一分も益なかるべし、伝教大師云く「日出て星隠る」云云、遵式(じゅんしき)の記に云く「末法の初西を照す」等云云、法已に顕れぬ、前相先代に超過せり日蓮粗(ほぼ)之を考勘うるに是時の然らしむる故なり経に云く「四導師有り一を上行と名く」云云又云く「悪世末法時能持是経者(あくせまっぽうじのうじぜきょうしゃ)」又云く「若接須弥擲置他方(にゃくせつしゅみてきちたほう)」云云。

 又貴辺に申付けし一切経の要文智論の要文五帖一処に取り集め被(ら)るべく候、其外論釈の要文散在あるべからず候、又小僧達談義あるべしと仰らるべく候流罪の事痛く歎せ給ふべからず、勧時品に云く不軽品に云く、命限り有り惜しむ可からず遂に願う可きは仏国也云云。

文永八年十一月二十三日

日蓮花押

富木入道殿御返事

小僧達少少還えし候此国の体為(ていたらく)在所の有様問い有る可く候筆端に載せく候。

2007-10-23経王殿御返事

経王殿御返事

【きょうおうどのごへんじ】

文永十年八月 五十二歳御作

 其の後御をとづれ(音信)きかまほしく候いつるところに・わざ(態)と人ををくり給(たび)候、又何よりも重宝たるあし(銭)山海を尋ぬるとも日蓮が身には時に当りて大切に候。

 夫(それ)について経王御前(ごぜ)の事・二六時中日月天に祈り申し候、先日のまほ(守)り暫時も身を・はなさずたもち給へ、其の本尊は正法・像法・二時には習へる人だにもなし・ましてかき顕したる事たえたり、師子王は前三後一と申して・あり(蟻)の子(こ)を取らんとするにも又たけ(猛)きものを取らんとする時も・いきを(勢)ひを出す事は・ただをな(同)じき事なり、日蓮守護たる処の御本尊を・したため参らせ候事も師子王に・をとるべからず、経に云く「獅子奮迅(ふんじん)之力」とは是なり、又此の曼荼羅(まんだら)能く能(よ)く信ぜさせ給うべし、南無妙法蓮華経は師子吼の如し・いかなる病さはり(障)をなすべきや、鬼子母神・十羅刹(らせつ)女・法華経の題目を持つものを守護すべしと見えたり、さいはい(幸)は愛染の如く福は毘沙(びしゃ)門の如くなるべし、いかなる処にて遊びたはふるとも・つつ(恙)があるべからず遊行して畏れ無き事師子王の如くなるべし、十羅刹女の中にも皐諦(こうだい)女の守護ふかかるべきなり、但し御信心によるべし、つるぎ(剣)なんども・すすまざる(不進)人のためには用いる事なし、法華経の剣は信心のけな(勇)げなる人こそ用いる事なれ鬼に・かなぼう(鉄棒)たるべし、日蓮がたましひ(魂)をすみ(墨)にそめながして・かきて候ぞ信じさせ給へ、仏の御意(みこころ)は法華経なり日蓮が・たましひは南無妙法蓮華経に・すぎたるはなし、妙楽云く「顕本遠寿を以て其の命と為す」と釈し給う。

 経王御前には・わざわひも転じて幸となるべし、あひかまへて御信心を出し此の本尊に祈念せしめ給へ、何事か成就せざるべき、「充満其願(じゅうまんごがん)・如清涼池(にょしょうりょうち)・現世安穏(げんぜあんのん)・後生善処(ごしょうぜんしょ)」疑なからん、又申し候当国の大ゆり候はば・いそぎ・いそぎ鎌倉へ上(のぼ)り見参いたすべし、法華経の功力を思ひやり候へば不老不死・目前にありただ歎く所は露命計(ばか)りなり天たすけ給へと強盛(ごうじょう)に申し候、浄徳夫人・龍女の跡をつがせ給へ、南無妙法蓮華経・南無妙法蓮華経、あなかしこ・あなかしこ。

八月十五日

日蓮花押

経王御前御返事

2007-10-21聖人知三世事

聖人知三世事

【しょうにんちさんぜじ】

建治元年 五十四歳御作

 聖人と申すは委細(いさい)に三世を知るを聖人と云う、儒家(じゅけ)の三皇(こう)・五帝(てい)並びに三聖(しょう)は但現在を知つて過(か)・未(み)を知らず外道(げどう)は過去八万・未来八万を知る一分(ぶん)の聖人なり、小乗の二乗は過去・未来の因果を知る外道(げどう)に勝(すぐ)れたる聖人なり、小乗の菩薩は過去」三僧祇祗菩薩、通経の菩薩は過去に動踰塵劫(どうゆじんこう)を経歴(きょうりゃく)せり、別教の菩薩は一一の位の中に多倶低劫(たぐていこう)の過去を知る、法華経の迹門(しゃくもん)は過去の三千塵点劫(じんてんこう)を演説(えんぜつ)す一代超過(ちょうか)是なり、本門は五百塵点劫(じんでんこう)・過去遠遠劫(おんのんごう)をも之を演説し又未来無数劫の事をも宣伝し、之に依つて之を案ずるに委(くわし)く過未を知るは聖人の本(もと)なり、教主釈尊(きょうしゅしゃくそん)既に近くは去つて後三月の涅槃之を知り遠くは後五百歳・広宣流布疑い無き者か、若し爾(しか)れば近きを以て遠きを推(すい)し現を以て当を知る如是相乃至本末究竟等是なり。

 後五百歳には誰人を以て法華経の行者と之を知る可きや予は未だ我が智慧(ちえ)を信ぜず然りと雖も自他の返逆(ほんぎゃく)・侵逼(しんぴつ)これを以て我が智を信ず敢(あえ)て他人の為に非ず又我が弟子等之を存知せよ日蓮は是れ法華経の行者なり不軽(ふきょう)の跡(あと)を紹継(しょうけい)するの故に軽毀(きょうき)する人は頭(こうべ)七分に破(われ)・信ずるものは福を安明(あんみょう)に積(つ)まん、問うて云く何ぞ汝を毀(そし)る人頭破(ずは)七分(ぶん)無きや、答えて云く古昔(こしゃく)の聖人は仏を除いて已外(いげ)之を毀(そし)る人・頭破(ずは)但一人二人なり今日蓮を毀呰(きし)する事は非(とが)一人二人に限る可らず日本一国・一同に同じく破(わ)るるなり、所謂正嘉(しょうか)の大地震・文永の長星は誰か故ぞ日蓮は一閻浮提(えんぶだい)第一の聖人なり、上一人より下万民に至るまで之を軽毀(きょうき)して刀杖(とうじょう)を加え流罪(るざい)に処するが故に梵(ぼん)と釈と日月・四天と隣国に仰(おお)せ付けて之を逼責(ひっせき)するなり、大集経(だいしっきょう)に云く・仁王経に云く・涅槃(ねはん)経に云く・法華経に云く・設(たと)い万祈(ばんき)を作(な)すとも日蓮を用いずんば必ず此の国今の壱岐(いき)・対馬(つしま)の如くならん、我が弟子仰(あお)いで之を見よ此れ偏(ひとえ)に日蓮が貴尊なるに非ず法華経の御力の殊勝なるに依るなり、身を挙ぐれば慢ずと想い身を下せば経を

蔑(あなど)る松高ければ藤長く源深ければ流れ遠し、幸いなるかな楽しいかな穢土(えど)に於て喜楽(きらく)を受くるは但(ただ)日蓮一人なる而已(のみ)。

2007-10-07南条殿女房御返事

 南条殿女房御返事 

【なんじょうどのにょうぼうごへんじ】

弘安元年五月二十四日 五十七歳御作 

与南条七郎二郎女房

 八木(こめ)二俵送り給び候い畢んぬ、度度の御志申し尽しく候。

 夫れ水は寒積れば氷と為る・雪は年累(かさな)つて水精と為る・悪積れば地獄となる・善積れば仏となる・女人は嫉妬かさなれば毒蛇となる。法華経供養功徳かさならば・あに竜女があとを・つがざらん、山といひ・河といひ・馬といひ・下人(げにん)といひ・かたがた・かんなん(艱)のところに・度度の御志申すばかりなし。

 御所労の人の臨終正念・霊山(りょうぜん)浄土疑なかるべし・疑なかるべし。

五月二十四日

日蓮花押

御返事