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2006-10-22小樽問答 このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

小樽問答

【おたるもんどう】

昭和30年 03月11日北海道小樽市にて日蓮宗身延)と創価学会で行われた法論。

経緯は小説人間革命』に詳しいが、当時日蓮正宗信徒を守る立場から、また法門の正邪を糾す上からも、本来ならば受けて立つべきところを回避した歴史事実は時が経つにつれて明白となっている。

登壇者は、身延側の司会者は分からないが、身延側は長谷川R某、室住I某

学会側は、司会は池田先生、論者は、小平芳平教学部長、辻武寿氏

身延側は陰陰たる題目から始まり、時間が進む程に司会・論者共に学会側に破折されつくされた。

学会側はまず先生に司会からして度肝を抜くような進行で、冒頭まず、先生が破折。この時点で勝負は決した観があった。終了の弁は、「以上、解散!」で見事に終了。

今、その先生の司会の弁を紹介すると、

身延側の開会の辞が終り、開会5分頃先生が司会開始)

(大拍手

「エー、学会の、司会を致します、池田と申します。」

(大拍手

「全国にわたりまして※、※1日蓮正宗の、仏法の正しい、所以によって、全国にわたる、間違った、邪教と、言い切れる、日蓮宗身延派の信者が、何千、何万と、創価学会日蓮正宗の信者になったということは、実に、日蓮正宗が正しいという証拠であります。」

(大拍手

「従って、今、身延派では、その、身延信仰が、あくまで、日蓮大聖人様に対する敵であり、仏敵であり、それに続き、日蓮正宗の仏法のみが、経文の上でも、哲学の上でも、事実の現象の上でも、正しいという証拠の故に、身延をやめて、日蓮正宗信徒になったのであります。」

(大拍手

「故に、故に、その状態にやっきとなって、今、身延派は、あの手、この手を使って、大衆を誑かせ、日蓮正宗の誹謗を、なしておる状態が、こんにちの結果になったと思うものであります。」

(大拍手

「されば、されば、わたくしも、身延本山に行って参りました。あくまでも日蓮大聖人様が、日蓮が魂をすみに染め流して書きて候ぞ、信じさせ給え。そう申された、ご意志に背き、身延本山そのものが、全体が、稲荷を拝み、蛇を拝み、或は小乗の丈六の釈迦を拝み、その、雑乱ぶりたるや、※2狂態どうそである観を覚えたのであります。」

(大拍手

「世間では、身延山が、あくまでも、祖山であるというふうに考えておりますが、身延と、日蓮正宗との、法の勝劣は、厳然たるものであり、未だかつて、大聖人様の真髄たる、日蓮正宗の仏法が、身延などの、邪宗邪義に負けておるわけが絶対ないのであります。」

(大拍手

本日、ここに、日蓮宗、また、わが、日蓮正宗創価学会教学部の、小平芳平氏、それから、辻武寿氏が、身延の、権威者であられられような、お方と、対決、だが、(実際は)法論をする状態によって、皆様は明らかに、如何に、日蓮正宗が正しく、如何に、日蓮宗身延派が、邪道であるかということが、はっきりなされることを、思う次第でございます。」

(大拍手

学会教学部の先生方の、ご紹介を、わたくしから致します。」

拍手

「こちらに、おられるのが、創価学会、教学部、小平芳平先生でございます。」

(大拍手

「こちらに、おられのが、やはり、教学部、辻武寿先生でございます。」

(大拍手

「どうか、先ほど、身延派の司会者が申されましたが、司会者の、間におきましても、絶対に、審判は司会者の権限にあり、また、法論の、しっかりした正邪というものを、あくまでも、おとりしたいと考えておりますし、また、場合によっては、皆さん方の、賛否の状態も伺いたいと、存じております。」

「どうか、これから、両講師の、お話に入りますけれども、よくよく、お聞き願いたいと思います。簡単でございますが、ご挨拶(以下聞き取り不能)」

《付記》※文中の「、」部は基本的に、先生が師子吼された、気迫の込もった言い切られた部分を「、」で表した。

※1日蓮正宗創価学会として、外護の時代に行われた法論であった為、厳密には現在学会の教義と違う表現があるが、内容を削除すると流れが掴めない為、そのまま文章化した。

※2実際の記録には違う表記である可能性も考えられる。

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