k-esuの日記 このページをアンテナに追加 RSSフィード

2006-10-30三身 このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

三身

【さんじん】

法身・報身・応身(身=じんと読むことも)のこと。各々に「如来」または「仏」をつけて読むこともある。

法身(ほっしん)とは法界の真理の法そのものであり、

報身(ほうしん)とは因行を修して仏果を得たところの智慧であり、

応身(おうじん)とは衆生の機に応じて出現する身をいう。

仏が入滅しても、真理の法や仏の智慧は当然のこと、衆生を救うという応身としての力用は常に存在しているというのが、日蓮仏法の姿勢。


諸法実相抄(1358頁)から一文を抜粋して、三身を説明すると、

10行目「宝塔の中の二仏並座の儀式※(宝塔=本門の御本尊の建立)を作り顕すべき人なし、是れ即本門寿量品の事の一念三千の法門(法本尊)なるが故なり、されば釈迦・多宝(を自由に使っていける)と云うも用(倶体倶用の義)の仏なり、妙法蓮華経こそ本仏にては御座(おわし)候へ、経に云わく「如来秘密(体の三身=本仏)神通之力(用の三身=迹仏)」是なり、如来秘密は体の三身自受用身)にして本仏なり、神通之力は用の三身にして迹仏ぞかし、凡夫は体の三身にして本仏ぞかし、仏は用の三身にして迹仏なり、然れば釈迦仏は我れ等衆生のためには主師親の三徳を備え給うと思ひしに、さにては候はず返って仏に三徳をかふらせ奉るは凡夫なり」※()部、補足

とあり、この場合、「用の三身」=「神通力」とされているので、

神=法身、通=報身、力=応身となる。

尚、「諸法実相」を大聖人の御立場より拝せば、与えて言えば「法華経方便品」の哲学的解明であり、絶待妙よりこれを論ずれば三大秘法御本尊の異名であり、十界三千の諸法が南無妙法蓮華経に具足されきった御本尊の御相貌の御事となる。

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