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2006-11-27創価学会の歴史と確信1 このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

創価学会の歴史と確信1

【そうかがっかいのれきしとかくしん】

創価学会が、初代会長牧口常三郎先生に率いられて、大法弘通のためにたたれたときは、罰ということを正宗信者が忘れていたときである。牧口先生は罰論をもって大法を弘通せんとし、内外にこれを説いて、あらゆる難にあったのである。罰論を説くのは、日蓮正宗の教義に背く者として攻撃した僧侶すらあったのである。牧口先生は、敢然として法罰の恐ろしさ、法罰厳然たるを説いてゆずらずして、ご一生を終わったのである。

御本尊様は偉大な力がおありになる。罰なくして大利益があるわけがない。子を叱る力のない父が、子に幸福を与えられない。御本尊様をじっと拝んでみよ。「若し悩乱せん者は頭七分に破れん」との御本尊様のおおせが聞こえないか。御本尊様が罰をおおせではないか」、とは先生の持論で、私も先生の持論は正しいと思う。之に反対する者は、大御本尊様の威力を信じないものであり、これこそ釈迦仏法のやさしい慈悲のすがたのみをあこがれる文上仏法のやらかしで、日蓮正宗の正流ではない。

私もかさねてこれをいうが、御本尊の向かって右の御かたらわに「若し悩乱せん者は頭七分に破れん」としたためられている。これが、罰論でなくてなんであろう。向かって左の御かたらわを拝せば「供養することを有らん者は福十号に過ぎん」と、これはご利益をくださるとの御おおせではないか。

利益と罰は、われわれ日常の真実の生活であり、価値生活の全体である。この尊いことを忘れておって、牧口先生が之を説くや、おどろきあわてた連中のすがたは、いま思い出してもこっけいのきわみである。そして、いまごろになって昔から知っていたような顔をしている悪侶もあるのには驚くのである。今日に至って、尚、これを思い出さない愚侶もいるのには、驚くというより無知を悲しむものである。

聖人御難事に大聖人の御仰せにいわく、

過去現在の末法の法華経の行者を軽賤する王臣万民始めは事なきようにて終にはほろびざるは候はず」(御書全集11190頁)

大法に背く者に厳然と罰ありとの御聖訓ではないか。だれが、これを否定いたしましょうぞ。

否定することは謗法であり、悪人、愚人の証明となるのではないか。また、

大聖人の御仰せには「大田の親昌・長崎次郎兵衛の尉時綱・大進房が落馬等は法華経の罰のあらわるるか、罰は総罰・別罰・顕罰・冥罰・四候、日本国の大疫病と大飢渇(けかち)と同士討ちと他国よりせめらるるは総罰なり、疫病(やくびょう)は冥罰なり、大田等は現罰なり別罰なり、各々獅子王の心を取り出だして・いかに人をおどすともをづる事なかれ」(御書全集1190頁)と。牧口先生は、この御抄のお心を心として、脅しも怖じず、驚かず、法罰を説いて内外の難を被ったのである。

時あたかも、わが国は太平洋戦争に直面し、国をあげて修羅の巷に突入したのである。牧口会長は、この大戦争の間に、強く大聖人の御精神を奉戴(ほうたい)して、国家の悪思想たる天照大神を拝むということに対立したのであった。時の軍部は、蒙古襲来のとき、神風が天照大神によって吹いたと言う歴史にだまされていたのであった。

国家が謗法の行為をなすことを知らず、大聖人の教えを聞こうとせず、語ろうともせず、かつ、御本仏大聖人の祈りによって神風が吹いたことは、知らなかったのである。米国デューイ哲学により、日本軍部は低級な邪義である神道論によって、一国の精神統一を図った。勝敗は物量だけの問題でなく、すでにこのことによって定まっていたのである。かれらが敗戦とともに、狂人的になることは、どうすることもできないことであった。

高級な仏教哲学は、敗戦すべきことを教えていたのであるが、その大切な教理である大聖人の御遺文すら焼き捨てようとかかったのである。軍部の偉大なる権力狂人刃物で、民衆はおどされるままにふるえあがって、バカのように天照大神の神札を拝むことは、正宗の精神に反すると、きびしく会員に命ぜられたのである。

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