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2006-11-30創価学会の歴史と確信4 このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

創価学会の歴史と確信4

【そうかがっかいのれきしとかくしん】

大聖人の御出世は、われわれごとき無知な悪人に大御本尊を拝ませてやるという一大因縁なのである。ゆえに、大聖人の教えに随順して、世に最高唯一の大御本尊様を子として、弟子として家来として拝することは、無上の大果報である。

ゆえに、世人に先だってこの因縁を知りえたわれわれは、御本尊様の功徳を悩める衆生に伝える使命をもっている。

われも拝み、人にも拝ませるようにつとめ、善きにつけ、悪しきにつけ、世のなかがいかになろうとも、世界人類幸福のために、自分も拝み、他にも拝ませなければならない。

私達は無知な人々をみちびく車屋である。迷っている人があれば車に乗せて大御本尊様の御もとへ案内していくのが、学会の唯一の使命である。

宝の山にはいって宝をとるかとらないかは、その人の信心の結果であって、ただ宝の山たる大御本尊様へ案内するのが、われわれ学会の尊い使命なのである。

宗教によって名誉を欲するのではない。まして新興の宗教屋のごとき金もうけを目的とするものでないことなど、いまさら申し上げるまでも無い。

ただ目前のご利益を望み、真の大聖人の功徳を知りえないならば、まことに不覚といわなければならない。

最近にいたって、百人にもおよぶ指導員ができて、ともに同志として、広宣流布に邁進できることになったのは、まことによろこばしく思っているしだいである。

以上のように、学会活動は消極的であったことは、否まれないのである。しかるに、日本の国は滅びかけている。日本の民衆は、悩みに悩んでいる。学会は当然、立たなければならないのである。

学会再発足のとき、立正佼成会も同じく小さな教団として、やっと息をついていたのは、自分達のよく知っているところである。しかるに、七か年の時を経過して、かれは大なる教団となって邪教の臭気を世にばらまいている。

大聖人の真の仏法を奉持して邪宗ののさばるにまかせているのは、だれの罪かと私は自問した。「これは創価学会を率いる者の罪である」と自答せざるを得ないのである。

また自分は文底独一の教理を説いていると深く信じているが、教本には文上法華経を用いている。この二つの罪は、御本仏の許すべからざるものである。

私は大難をうけたのである。立つべき秋(とき)に立たず、つくべき位置につかず、釈迦文上法華経をもてあそぶ者として、大謗法の罪に私は問われたのである。ありがたや、死して無間地獄疑いなき身が、御本尊の功徳はありがたく、現世に気づくことができたのである。

私は、悩みに悩みとおしたのである。理事長の位置を矢島氏にゆずり、敢然と悩みのなかに突入したのであった。「転重軽受法門」のありがたさ、「兄弟抄」の三障四魔のお言葉のありがたさに、泣きぬれたのであった。

兄弟抄の御おおせには、

「其の上摩訶止観の第五の巻の一念三千は今一重立ち入たる法門ぞかし、此の法門を申すには必ず魔出来すべし魔競わずは正法と知るべからず、第五の巻に云く『行解既に勤めぬれば三障四魔紛然として競い起る乃至随う可らず畏(おそれ)る可らず之に随えば将に人をして悪道に向わしむ之を畏れば正法を修することを妨ぐ』等云々、

此の釈は日蓮が身に当るのみならず門家の明鏡なり謹んで習い伝えて未来の資糧とせよ」(御書全集1087頁)

以上の法門を身に読ましていただいた私は、このたびは路上において「霊山一会の大衆儼然(げんねん)として未だ散らず」して、私の身のなかに、永遠のすがたでましますことと、拝んだのであった。私は歓喜にもえたのである。私は証のありしだい敢然立つことを決意したのである。

昭和267月10日

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