k-esuの日記 このページをアンテナに追加 RSSフィード

2006-12-04創価学会の歴史と確信8 このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

創価学会の歴史と確信8

【そうかがっかいのれきしとかくしん】

東洋へと大聖人の仏法の進出するときは、日本一国の広宣流布は問題ではなく、かならず到達することで、戒壇の建立も、そのときは当然の事として現出するもので、一国民衆の尊崇をうけるのであることはいうまでもない。

わが学会は、かかるめでたきときに際会したのであるから、不自借身命の大願をたてて、ここに大折伏を強行するの一大確信に立ち、生きた喜びを感じて、成仏の道を直行するは、何たる幸福であろうか。

かかる大事の時なれば、四菩薩御出現はまた絶対に疑うべきではなく、ご棟梁として日目上人様がご出生か。仏智にあらずば、これを知るにあたわずといえども、末弟たる学会員は、ご老齢の身をひっさげて大折伏の途上、お倒れあそばした日目上人のご命を命として、宗開両祖に報い奉らんとしなければ、成仏は叶い難しと知らなければならない。

されば御僧侶を尊び、悪侶を戒め、悪坊主を破り、宗団を外敵より守って、僧俗一体たらんと願い、日蓮正宗教団を命がけで守らなくては為らぬ。願わくは御僧侶におかれては、学会のこの確信をめでられ、悪侶をのぞいて教団を清め、われわれ学会人の闘争の指揮をとって外敵を伏し、宗開両祖に報いんことを、庶機わられんことを。

楠正成が尽忠の志あるにかかわらず、愚迷の大宮藤原忠清あって湊河原に死出の旅路にたったことは、あまりに有名であるが、ただ願わくは賢明な僧侶あられて、創価学会の同志を湊河原に死なせず、藤原藤房、末房の賢慮を用い、玉輦(ぎょくれん)を兵庫の道にむかえたてまつりし正成のよろこびをなさしめんことを切願するものである。この僧俗の立場にあって、愚迷は僧侶を尊び、僧侶は信者を愛し、たがいに嫉妬することなく、大聖人の教えを奉じ、遠く東洋三国に、本尊の流布せられん日を、大御本尊に祈るものである。

昭和268月10日

sokaodosokaodo2006/12/05 18:20掲示板の「連絡事項」を読んで下さい。

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