k-esuの日記 このページをアンテナに追加 RSSフィード

2007-01-19教行証 このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

教行証

【きょうぎょうしょう】

仏道修行をする上で基本の所依となる仏の教えと、それに基づく修行修行に伴う結果。

仏教では、正法年間は、教行証の三つが全て揃っており、像法年間は、教と行があり、末法では教のみあるとされる。

このことは、『大乗法苑義林章』に「教行証の三を具するを名づけて正法となし、但だ教行のみあるを名づけて像法となし、教あり余なきを名づけて末法となす」

また、『仁王経疏』(良賁著)に、「教あり行あり得果あるを名づけて正法と為し、教あり行あり果証なきを名づけて像法と為し、唯其の教ありて行なく証なきを名づけて末法となす」とある。

これらの釈に明確の如く、末法においては、例えそれが釈迦所立の経典を用いようと利益は全くなく、寧ろ謗法となり、末法であることを認めながら、真実の大聖人の仏法を認めない者は、釈迦仏法を弁えぬ者であると言える。

今日は、下種仏法の中から僭聖増上慢が出る時代なので、「人の振る舞いにて」仏法を審らかにする時期であり、

「教」である日蓮大聖人の大生命哲学を、

具体的に近くは我が地域、遠く世界に弘めるといった事実としての「行」、そしてそれによって各人に沸き起こる具体的な功徳としての「証」が具足しきっているのが学会であると言える。

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