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2007-02-28池上右衛門大夫宗仲 このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

池上右衛門大夫宗仲

【いけがみうえもんのたゆうむねなか】

鎌倉幕府の作事奉行、池上左衛門大夫康光の子・兵衛志(ひょうえのさかん)宗長の兄。池上兄弟は日昭の甥であり、建長8年頃から大聖人に帰依、父・康光は極楽寺良観の熱心な信者で、文永12年、建治3年に宗仲は勘当された。因にこの父による迫害の折りに、兄弟に励まされた激励の手紙が「兄弟抄」である。

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2007-02-27威音王仏 このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

威音王仏

【いおんのうぶつ】

法華経「常不軽品第二十」に説かれる仏。同名の仏が二万億いたとされる。常不軽菩薩は最初の威音王仏の像法時代の末に出現して礼拝行を修行したが、上慢の四衆に迫害した。

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2007-02-26十方 このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

十方

【じっぽう】

十の方向(角)

東・西・南・北(四方)

東南・西南・東北・西北(四維)

上・下(二方)

三世十方という場合は、過去現在未来とこの十方世界全てという意味で実質的に全宇宙を表す。

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2007-02-25爪上の生 このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

爪上の生

【そうじょうのせい】

守護国家論』(36頁)に出て来る。御書中に頻出される表現で「爪上の土」とされる場合もある。人間として生を受ける事が大変稀であるという事と、その中でも正法に巡り会えることのしさの譬えによく用いられる。

出典は『涅槃経巻卅三』「迦葉菩薩品第十二」に、ある釈尊迦葉との問答で、「爪上の土十方世界の地の土はどちらが多いか」との釈尊の問いに、迦葉が「十方世界の土が多い」と答えると、それに対し釈尊が「謗法の徒は十方の土の如く多く、涅槃経典を受持する正法の行者は爪の上の土の如く少ない」と答えたとある。

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2007-02-24第三離一切苦一切病痛能解一切生死之縛の事 このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

第三離一切苦一切病痛能解一切生死之縛の事

【だいさんりいっさいくいっさいびょうつうのうげいっさいしょうじしばくのこと】

『御義口伝下』(773頁)「薬王(菩薩本事)品六箇の大事」にある6つの大事のうちの3番目。生死の本義を説き明かされ尽くした重文であり、大聖人の透徹した大生命哲学がちりばめられている。学会活動をしきった者の迎える死は仮令夭折であったとしても、その本地は既に三世の生命を覚知したものであり生死に迷う(死を恐れる)事なく従容として死を迎え入れ新たな生を得るので常楽我浄大福徳の果報を得るとの御指導。

 

第三離一切苦一切病痛能解一切生死之縛の事

 御義口伝に云く法華の心は煩悩即菩提生死即涅槃なり離解の二字は此の説相に背くなり然るに離の字をば明とよむなり、本門寿量の慧眼開けて見れば本来※1本有の病痛苦悩なりと明らめたり仍つて自受用報身の智慧なり、解とは我等が生死は今始めたる生死に非ず本来本有の生死なり、※2始覚の思縛解くるなり云云、※3離解の二字は南無妙法蓮華経なり云云。


※1本有の実体とは、常楽我浄のこと。

※2生命の尊厳を述べられる。妙法の如説修行即ち学会活動を実践し、真の幸福ルートに乗らない限りは、究極的には「始覚」の生死観=今世論の範囲であり、多少の哲学があっても仏法の眼から見れば三世の因果を無視した観念論となってしまう。所詮は題目を唱え、折伏(悪との闘争)を行じる中にしか生死の迷いを断ち切る方途は見出せない。

※3同様に無始の昔より限りなく繰り返されてきた、我が生命に本来備わる生死を我が身そのまま達観する事を「離解」という。

生死一大事血脈抄

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2007-02-23第一法師功徳の事 このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

第一法師功徳の事

【だいいちほっしくどくのこと】

『御義口伝下』(762頁)「法師功徳品四箇の大事」にある4つの大事(大聖人独自の法華経の読み方)のうちの1番目。

第一法師功徳の事

 御義口伝に云く法師とは五種法師なり功徳とは六根清浄の果報なり、所詮今日蓮等の類い南無妙法蓮華経と唱

え奉る者は六根清浄なり、されば妙法蓮華経の法の師と成つて大なる徳有るなり、功は幸と云う事なり又は悪を

滅するを功と云い善を生ずるを徳と云うなり、功徳とは即身成仏なり又六根清浄なり、法華経の説文の如く修行

するを六根清浄と得意可きなり云云。

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2007-02-22創価教育法の科学的宗教的実験証明 このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

創価教育法の科学的宗教的実験証明

【そうかきょういくほうのかがくてきしゅうきょうてきじっけんしょうめい】

創価教育法の科学的宗教的実験証明』は、第一の七つの鐘から第二の七つの鐘に移行する過程で牧口先生によって発行された小冊子。今日学会折伏法の基礎となった。

当時の折伏は主に教育者によってなされたものであり、また当面の活動が教育革命に重きをおいたものであったため、同志の拡大は小規模なものであった。

また革命の主眼を教育からより広範な宗教革命へと主軸を転換する牧口先生の理念について行く事が出来兼ねる教員の弟子が多かった。

当時の折伏法は価値論→宗教批判の原理→日蓮仏法→大善生活論へと順次説明をするもので(昭和12年当時)、折伏をする方、される方両者共に相当な労力を要した。

そうした中で「科学認識過程を辿っていては、永久に出来るものではない、技術芸術的体験の経路を踏むことによって、初めて可能である」と本文にある如く、社会の分業化が進み、人々の生活も忙しくなった近代社会では、如何に価値的な生活をするかを知識によって体得するかよりは寧ろ先ず体験を通して獲得し、また信仰の偉大さも実践から獲得するべきと牧口先生は考え始められた。要は優れた法理であるなら必ず現実に実証が現れなければならないし、信仰する者は利益が出、反対する者は反価値の利益・罰が出るという戦前の罰論の骨格がなされたのである。

法の正しさが順逆共に厳然と証明されるという絶対証拠主義をとるようになり、これが後に「実験証明」方式の折伏につながり、信仰体験を発表するという今日学会の基礎方針となった。

このような中、従来の方法から一歩脱却した折伏活動が開始されたのが昭和12年秋からであり、*宗教革命を前面に打ち立てた創価教育学会としての発会式は、この時期に挙行され、以降戦時中の弾圧期へと驀進する。

*広義では昭和5(1930)年11月18日

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2007-02-21学生 このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

学生

【がくしょう】

今日一般に使われる用語としての学生ではなく、日本仏教界では学問を修める者、大学寮に在籍する者が転じて大寺に於いて仏典を学ぶ者をいうようになった。

伝教大師の定めた比叡山学生式(がくしょうしき)では、毎年2名の年分得度者が選定され、12年間山から出ず止観・遮那の業を修めた。

因に伝教には、『勸奨励天台宗年分学生式』、『天台法華宗年分学生式』、『天台法華宗年分度者回小大式』の三編よりなる、『山家学生式』一巻の著作がある。

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2007-02-20介爾 このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

介爾

【けに】

御書にしばしば出る言葉

「ほんのわずかばかり」という意味

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2007-02-19臨終 このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

臨終

【りんじゅう】

人生の終局に臨むという意味であり、まさに死ぬ直前の間際の状態であり、死亡後を含まない。

兄弟抄(1084頁)に曰く、「なにと・なくとも一度の死は一定、いろ(色)ばしあしくて人に・わらはれさせ給うなよ」と、非常に厳しい御指導があるが、これは大聖人の仏法では今生における善・悪の総決算臨終の際に如実にあらわれる為であり、その人が故人となる直前であるから、死後の生命・我がどのような境涯で法界に存在しているかがその相にあらわれるとするからである。


また臨終正念とは、臨終に際して一切、心が迷わない事をさし、ある意味臨終予測く、個人に於いては何時起きるか分からない事でもあるので、今のこの瞬間を、臨終と覚悟し生を燃焼する心意気が大切である。またこの一念心を正すのは、御本尊根本におく以外にはない。

池田先生は、この臨終正念については、自分の臨終ではなく、「師匠」の臨終を迎えるつもりで祈り、行動し、生きていく中に本尊の常住も、師弟相対もあると近来御指導されている。

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2007-02-18理同事勝 このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

理同事勝

【りどうじしょう】

法華経」と「大日経」を相対すると、釈尊大日如来も、理の上では同じ一念三千に他ならないとし、ならば実際に作法として、印や真言がある「大日経」の方がそれらのない「法華経」よりも事実の上で勝っているとする真言宗の大邪義。

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2007-02-17弁財天 このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

弁財天?

【べんざいてん】

俗にいう弁天様。インドの女神で弁才、音楽、財福、智慧を司る神。「金光明経」に、「智慧を益し、言説弁を具足し荘厳せしむ」とある。

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2007-02-16八風 このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

八風

【はっぷう】

利(うるおい)・衰(おとろえ)・毀(やぶれ)・誉(ほまれ)・称(たたえ)・譏(そしり)・苦(くるしみ)・楽(たのしみ)

大聖人は、これらの八風に冒されない人を諸天は必ず守護すると仰せである。

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2007-02-15八逆 このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

八逆

【はちぎゃく】

世法。

1.国を危うくする

2.皇族の墳墓を暴く

3.国家転覆をはかる

4.高貴な人物を害する

5.無実の人を害する

6.神や国王に不敬する

7.不孝

8.不義

おもに主に対する逆罪

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2007-02-14善星比丘 このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

善星比丘

【ぜんしょうびく】

釈尊出家する前にもうけた子供

後に出家して仏道修行に邁進し第四禅定を得、真の涅槃と勘違いしたが、苦行に傾倒し退転した。また仏法を否定しだし仏に対しても悪心を起こして即座に地獄の苦しみを得た。

四禅比丘の異名をもつ

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2007-02-13一致門流 このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

一致門流

【いっちもんりゅう】

日蓮宗一致派。身延より派生する単称系。日興上人以外の、大聖人が御本仏である事・種脱相対を弁えぬ者が開いた。

主な寺と系統は、

身延山久遠寺(日向・日朝)

池上本門寺日朗

中山法華経寺(富木日常)

京都妙願寺(日像)

京都本国寺(日朗

不授不施派(日奥)

不授不施講門派(日講)

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2007-02-12第三法門 このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

第三法門

【だいさんほうもん】

大聖人の立てられた法門で、種脱相対がこれにあたる。


天台の立てた三種の教相では、第一と第二の教相が第一法門に該当し、第三「師弟の遠近・不遠近の相」が第二法門にあたる。大聖人の第三法門は、更に一重深い立場で、調熟された結果得脱するという脱益仏法をきらい、法華経本門でも勝劣があるとの立場をとる。


三重秘伝≫

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2007-02-11三種の教相 このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

三種の教相

【さんしゅのきょうそう】

法華経と爾前経の勝劣を三種の観点で判断する、天台によって立てられた判定基準。

第一「根性の融・不融の相」

爾前経:対告衆の根性(機根)に一々に対応して説法する、機根が各自整っていない状態を根性の不融・又は機根の不同という。

法華経衆生の根性は熟され一乗(真実)の教えに耐えうる、法華経の一仏乗に統合された状態であり、根性の融という。具体的には「方便品第二」での舎利弗の記別、「譬喩品第三」に於ける四大声聞の記別をさす。


第二「化導の始終・不始終の相」

仏法では原則として仏(師)が弟子に対し化導(教導)する際の順序として、下種→調熟→得脱を経て化導を終える。

この過程が本格的に明示されたのは法華経「化城喩品第七」に於いて、釈迦が三千塵点劫の昔に大通智勝仏の王子として、父の大通智勝仏の説いた法華経説法し、その説法を聞いた者が、現在の(化城喩品の説法時)法華経を聞いて成仏する声聞の弟子であると、化導の始めを説き明かした。即ち、

三千塵点劫の過去の下種→弟子の根性の調熟→能化として再び出現→四十余年間の教化して現世における弟子達の機根の調熟→最後に法華経を説いて得脱させる

ことを明かして今日の化導の始めを明かした。

第三「師弟の遠近・不遠近の相」

仏=師と弟子の関係は、今世で見出されたものであるのか、そうでないのかという事。仏の本地の開顕か不開顕との差。

爾前経:仏はこの世に生まれて、菩提樹の下で初めて成仏した始成正覚の仏と説く。

法華経:本門寿量品の長行に於いて五百塵点劫の昔に成仏し、以来娑婆世界に出現し衆生教化してきた仏の本地を明らかにした。これにより、仏と弟子との関係は、単にこの世のものだけでなく実は遠大なる過去以来、師弟の関係にあることが明らかとなった。「親近」とも言い得るが、「遠近」とする。

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2007-02-10第三代会長就任挨拶 このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

k-esu20070210

第三代会長就任挨拶

【だいさんだいかいちょうしゅうにんあいさつ】

昭和35(1960)年5月3日創価学会第22回春期本部総会を兼ねた会長就任式に於ける池田先生挨拶。(宗門外護の時期であったので、今日の指導性と相違する部分もあるがママ記述

当日は正午入場式、秋谷青年部長の先導で、男女青年部203部隊旗の行進、本部旗入場(この日より本部旗手は竹入となった)、そして池田先生の入場、森田理事の経過報告、小泉理事長理事長辞任挨拶、原島理事の会長推戴の言葉、そして池田先生の就任挨拶となった。

尚、この日の本部人事で、小泉理事長は最高顧問となり、原島理事長、辻指導部長政治部長石田文化部長に竜、新理事として、鈴木文化部長、牛田統監部長、白木関西総支部長小平教学部長が新理事となり、北条氏(第4代会長)は副理事長に就任し、部局としては多田教授男子部長、当時)が副教学部長、山浦副教学部副部長本部事務局(部長級)、小泉副総婦人部長和泉(みよ)庶務部長、神尾中野部長本部指導部長に就任。

若輩ではございますが、本日より戸田門下生を代表して、化儀の広宣流布をめざし、一歩前進への指揮をとらさせていただきます。

申すまでもなく、わが創価学会は、日蓮正宗の信者の団体であります。したがって、私どもは大御本尊様にお仕え申し上げ、御法主上猊下に御奉公申し上げることが学会根本精神であると信じます。

初代会長牧口常三郎先生、また第二代会長・恩師である戸田城聖先生の、総本山に忠誠を尽くされたその心を心として、今、私は全学会員を代表して、日達上人猊下に、より以上の御忠誠を誓うものでございます。

創価学会は全大衆の最大の味方であります。敵は邪宗教です。邪宗教は人々を地獄に落とす。正法は仏にする。そのあらゆる、一切の不幸の本源は邪宗邪義にありと、日蓮大聖人様の御金言がございますが、その御金言どおりに獅子吼なされだのが、恩師戸田城聖先生であります。

その恩師戸田城聖先生の邪宗撲滅の大精神精神として、今、再び門下生一同は、邪宗撲滅に猛然と襲いかかっていきたいと思うのでございます。

私はあくまで、恩師戸田城聖先生の教え、思想をば実践していく会長でいきたいと信じております。会長先生の幾多の将来への指針、御遺訓がございますが、その一つに、昭和33年2月の10日、その朝に「あと7年間で300万世帯の折伏をしような」と仰せになられたことが、私の頭脳にこびりついております。300万世帯ということは、深い深い、また先生の御意図があると思いますが、今、先生の教えのなかの、御遺訓のなかの一つである300万世帯の達成、すなわち恩師戸田城聖先生の七回忌の其の年いっぱいまでに、断固として、楽しく、そして仲良く、たくましく、300万世帯の遂行を、成し遂げたいと思う次第なのでございます。

また、戸田城聖先生は、お亡くなりになる寸前まで、「世界各国の名産を集めて、総本山に大客殿を建立しなさい」ということを、常々申されておりました。今、先生のその御遺訓を、同じく先生の七回忌までに、世紀の大客殿を総本山に御寄進申し上げたいと思うものでございます。

どうか、人のため、我が身のため、国のため、護法のため、全衆生のために、御本尊様を根本として、しみじみと大御本尊様の有さを感じつつ、邁進していきたいものと思い、以上をもって就任の挨拶と致します。

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2007-02-09説法 このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

説法

【せっぽう】

仏法では、文字通り法を説く事をいう。

また説く側を、「能化」といい、聞く方を「所化」という。化とは化導のこと。

尚、「転法輪」も、説法と同義である。

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2007-02-08化儀の四教 このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

化儀の四教

【けぎのしきょう】

頓・漸・秘密・不定の四教。衆生の機根を調熟し、次第に教化していく方法。

頓:誘引の手段を取らす゛にすぐに大乗を説く事

漸:小を説いてだんだんと誘引する事

秘密:同じ説法を聞いて各々別々(格別)に会得させる事

不定:得益の不同をいう

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2007-02-07円教 このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

円教

【えんきょう】

空仮中の三諦・十界・十如・三千の一切諸法が完全に矛盾することなく円融する教えである故に円教という。

但し円教にも爾前と法華の円があるが、爾前の円教に於いても、凡夫が位の次第(修行を順次ステップアップして仏を目指す)を経ずして成仏出来る事を明かし、又は煩悩を断ずることなく成仏することを説く。

而して、法華経開経無量義経の「未顕真実」のように、上記の成仏観はあくまで爾前のものであり、法華経と相対すれば有名無実である。

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2007-02-06別教 このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

別教

【べっきょう】

三学を説くが、対告衆は菩薩階級のみで、他の二乗は交えない。五十二位を立てて、歴劫修行という果てしのない修行を説く。

三学に約すと、

戒は、摂律儀戒(五戒・八戒・十善戒・二百五十(五百)戒・梵網の五十八戒・瓔珞の十無尽戒・華厳の十戒等)・摂善法戒(八万四千の法門を摂するという意)・饒益有情戒(四弘誓願)であり、

定は、観練熏修の禅定で、

慧は、心性十界の法門である。

別教はあくまで菩薩専用の教えであって、修行を行じる機根が限られている。「界外独菩薩」の法とも言い、見思惑を界内の惑とし、塵沙惑は仮諦、無明惑を中諦として界外の別惑とするため、三諦のうち一諦は界内であるものの、二諦は界外であるので、円融しない。これを「但中の理(観)」、あるいは次第の三観ともいう。

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2007-02-05通教 このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

通教

【つうきょう】

大乗経の序分。但し三学を説くものの、六道の範疇を脱却しない。通教の「通」とは、蔵経にも、別教にも通じる故に、通教と名付ける。

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2007-02-04三蔵教 このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

三蔵教

【さんぞうきょう】

阿含経に等しく、六道因果を明かす。

三蔵とは、経(定)蔵・律(戒)蔵・論(慧)蔵のことで、()内の三学に約せば、戒蔵とは五戒・八戒・十善戒・二百五十戒等であり、定蔵とは味禅・定禅・無漏禅。定蔵とは、苦・空・無常・無我の智慧であるが、あくまでも三蔵経の本質は戒にある。

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2007-02-03八教 このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

八教

【はっきょう】

化法化儀にそれぞれ四教あり、合計して八教となる。

化法の四教とは、三蔵経・通教別教円教のことをさす。

化儀の四教とは、頓・漸・秘密・不定をさす。

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2007-02-02五時 このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

五時

【ごじ】

釈尊の仏法の説かれた順序を大まかに五つに分けたものを仏教では一般に五時という。

一応、華厳時→阿含時→方等時→般若時→法華涅槃時とされる。

説処・期間・経・位を簡潔に以下に挙げると、

第一華厳時

説処 伽耶(がや)城近くの菩提樹のもと。七処八会

期間 21日

経  大方広仏華厳経

位  大乗経。但し法華経開結に次ぐ ※頓教、擬宜の教、兼。

第二阿含

説処 波羅奈(はらない)国の鹿野園

期間 12年

経  増一阿含・長阿含・中阿含・雑阿含(四教)

位  小乗経。漸(含、秘密・不定教)※誘引の教、但。

第三方等時

説処 欲界色界二界の中間(「ちゅうげん」とも)、大宝

期間 16年

経  勝鬘経・解深密(げじんみつ)経・金光明経・阿弥陀経・大日経維摩経等(12経)

位  権大乗経。漸教(阿含時に同じ)。※弾呵の教、対。

第四般若

説処 鷲峯山(じゅうほうせん)、白露池等四処十六会

期間 14年

経  摩訶般若経・光讚般若経・金剛般若

位  権大乗経。漸教(阿含・方等に同じ)※淘汰の教、帯

法華経開経無量義経(四十余年未顕真実

第五法華涅槃

説処 中天竺摩訶陀(まかだ)、霊鷲山りょうじゅうせん)、虚空会二処三会

期間 8年

経  妙法蓮華経二十八品・涅槃

位  円経、実大乗経

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2007-02-01五時八教 このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

五時八教

【ごじはっきょう】

天台の立てた釈尊一代五時に於ける教相判釈。

五時説法の順序で、八教とは説法の内容のことである。

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