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2007-02-11三種の教相 このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

三種の教相

【さんしゅのきょうそう】

法華経と爾前経の勝劣を三種の観点で判断する、天台によって立てられた判定基準。

第一「根性の融・不融の相」

爾前経:対告衆の根性(機根)に一々に対応して説法する、機根が各自整っていない状態を根性の不融・又は機根の不同という。

法華経衆生の根性は熟され一乗(真実)の教えに耐えうる、法華経の一仏乗に統合された状態であり、根性の融という。具体的には「方便品第二」での舎利弗の記別、「譬喩品第三」に於ける四大声聞の記別をさす。


第二「化導の始終・不始終の相」

仏法では原則として仏(師)が弟子に対し化導(教導)する際の順序として、下種→調熟→得脱を経て化導を終える。

この過程が本格的に明示されたのは法華経「化城喩品第七」に於いて、釈迦が三千塵点劫の昔に大通智勝仏の王子として、父の大通智勝仏の説いた法華経説法し、その説法を聞いた者が、現在の(化城喩品の説法時)法華経を聞いて成仏する声聞の弟子であると、化導の始めを説き明かした。即ち、

三千塵点劫の過去の下種→弟子の根性の調熟→能化として再び出現→四十余年間の教化して現世における弟子達の機根の調熟→最後に法華経を説いて得脱させる

ことを明かして今日の化導の始めを明かした。

第三「師弟の遠近・不遠近の相」

仏=師と弟子の関係は、今世で見出されたものであるのか、そうでないのかという事。仏の本地の開顕か不開顕との差。

爾前経:仏はこの世に生まれて、菩提樹の下で初めて成仏した始成正覚の仏と説く。

法華経:本門寿量品の長行に於いて五百塵点劫の昔に成仏し、以来娑婆世界に出現し衆生教化してきた仏の本地を明らかにした。これにより、仏と弟子との関係は、単にこの世のものだけでなく実は遠大なる過去以来、師弟の関係にあることが明らかとなった。「親近」とも言い得るが、「遠近」とする。

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