k-esuの日記 このページをアンテナに追加 RSSフィード

2007-02-22創価教育法の科学的宗教的実験証明 このエントリーを含むブックマーク このエントリーのブックマークコメント

創価教育法の科学的宗教的実験証明

【そうかきょういくほうのかがくてきしゅうきょうてきじっけんしょうめい】

創価教育法の科学的宗教的実験証明』は、第一の七つの鐘から第二の七つの鐘に移行する過程で牧口先生によって発行された小冊子。今日学会折伏法の基礎となった。

当時の折伏は主に教育者によってなされたものであり、また当面の活動が教育革命に重きをおいたものであったため、同志の拡大は小規模なものであった。

また革命の主眼を教育からより広範な宗教革命へと主軸を転換する牧口先生の理念について行く事が出来兼ねる教員の弟子が多かった。

当時の折伏法は価値論→宗教批判の原理→日蓮仏法→大善生活論へと順次説明をするもので(昭和12年当時)、折伏をする方、される方両者共に相当な労力を要した。

そうした中で「科学認識過程を辿っていては、永久に出来るものではない、技術芸術的体験の経路を踏むことによって、初めて可能である」と本文にある如く、社会の分業化が進み、人々の生活も忙しくなった近代社会では、如何に価値的な生活をするかを知識によって体得するかよりは寧ろ先ず体験を通して獲得し、また信仰の偉大さも実践から獲得するべきと牧口先生は考え始められた。要は優れた法理であるなら必ず現実に実証が現れなければならないし、信仰する者は利益が出、反対する者は反価値の利益・罰が出るという戦前の罰論の骨格がなされたのである。

法の正しさが順逆共に厳然と証明されるという絶対証拠主義をとるようになり、これが後に「実験証明」方式の折伏につながり、信仰体験を発表するという今日学会の基礎方針となった。

このような中、従来の方法から一歩脱却した折伏活動が開始されたのが昭和12年秋からであり、*宗教革命を前面に打ち立てた創価教育学会としての発会式は、この時期に挙行され、以降戦時中の弾圧期へと驀進する。

*広義では昭和5(1930)年11月18日

トラックバック - http://sokagakkai.g.hatena.ne.jp/k-esu/20070222