ダライ-ラマ

ダライ-ラマ

【だらいらま】

チベット仏教ゲルグ派の一部政治勢力がツォンカパ正統後継者ガンデン寺座主とは別に擁立した転生活仏制による法主。元来はタシルンボ寺、デープン寺、セラ寺の住職を歴任して、カルマ-カーギュ派の信奉者リンプンパの政治的圧力に抗した傑僧ゲンドゥン-ギャムツォを選んだのが始まり。ソーナム-ギャムツォがアルタン汗からダライ-ラマの称号を受けて歿死した後、アルタン汗の曽孫をその転生者に選び、ゲンドゥン-ギャンツォをツォンカパの弟子ゲンドゥン-トゥプの転生者に追認して活仏法主の系統を確立し、新転生者を第四代とした。第五代ガワン-ロサン-ギャムツォはオイラートのグシの軍事力を導入して、カルマ派を擁護したシンシャクパ政権を倒し、1642年にダライ-ラマを頂点とする政権擁立のきっかけをつくり、1660年からポタラ宮に入り統治者となった。以後、清の介入、宋主権の確立による曲折はあったが、歴代聖俗二権を総攬し、宗教的には満州、蒙古までその権威を発揮した。清末期に立った第十三代トゥプテン-ギャムツォは独立運動を推進したが実らず、現在は第十四世テンジン-ギャムツォが1959年に中国の支配からインドに脱出して亡命チベット人の間に権威を保っている。仏教学の上では第五世ダライ-ラマが古典派仏教系の厖大な著作を残し最も注目される。民間の間ではダライ-ラマを観音菩薩の化身が転生しているものだと信じられている。