チベット仏教

チベット仏教

【チベットぶっきょう】

チベットにおいて発展した仏教の総称。チベットへの仏教伝来はソンツェンガンポ王(581年~649年)のころとされている。その後、正式に仏教を国教とすることとなり、八世紀中頃に竜樹の流れをくむ中間派のシャーンタラクシタがインドから招かれた。チベットには、大きく中国の禅の流れをとインドの大乗中観派の流れがもたらされていたが、その二つの教えは大きく違っており、どちらの教えも正式に採用するかで、意見が分かれた。そこで、794年、ティソンデツェン王はインドからシャーンタラクシタの弟子にあたる大学者カマラシーラを、中国からは禅僧摩訶衍を招いてサムィエー寺院で、討論をさせた。摩訶衍は無念無想の禅の悟りこそが、仏教の真髄であると説き、カマラシーラは利他の菩薩行を伴わない禅は仏教ではない、と応答した。討論は、摩訶衍の敗北となり、以来チベット仏教は、利他行の永続的実践を強調するインド仏教以来の伝統を重視することになる。膨大なインドの経論がチベット語に訳された。しかし、イスラムによるインド仏教の破壊などもあり、中国の漢訳からのチベット語訳も多くなされた。密教的な修行体系は、むしろこの正統派に対する対抗勢力として起こった。民間信仰の色彩濃いタントラ仏教(密教)もこの流れの中にある。十一世紀に出たアティーシャはこの二つの流れを合一しようと試み、十四世紀のツォンカパに至ってこの両者の思想の統一がインドの中観派の空の思想を根本としてなされることになった。

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