五綱

五綱

【ごこう】

教・機・時・国・序(教法流布の先後)、の宗教五綱(又は五教・五義とも)のこと。大聖人が用いられた正法を選択するための教相判釈。個々の教判については竜樹・天親、天台・伝教等の論師が正法弘教の条件として経典の位置付けを示されてはきたが、それを総合して五網として論じられたのは大聖人が始めてである。

大聖人の御立場より五綱を配せば、

“教”とは、南無妙法蓮華経であり、教を知る為の基準としての「文・理・現の三証」、「五重の相対の法門」である。

“機”とは末法の衆生の機根であり(教を受け容れて修行し証得する衆生の能力)、

“時”とはその衆生を救わん為に報身顕本された末法という御出現の時をさし、

“国”とは御出現された日本国であり、

“序”とはこの日本で、如何なる仏教流布の過程を辿ったかという歴史観の上より、三大秘法の南無妙法蓮華経の大法以外の正法・正義はないとのお立場となる。

今、三大秘法に次ぐ重要な法門として大聖人独自の三証・五重相対を浮かび上がらせる為、教から順を追ったが、円融三諦の妙法であるので、五綱いずれの観点からアプローチして判じても、全ての条件に叶い、唯一合致しうる法が南無妙法蓮華経であることは、立宗以来の御弘通に照らし明らかである。

このことを日寛上人は六巻抄において、「此の五義を以て宜しく三箇を弘むべし」(依義判文抄/富要3/130頁)と述べられておられる。


市井の学徒である山中講一郎氏は、大聖人御自身が「五綱」という言葉を使用されてないことを理由に、「五義とすべきである」と主張している。