印真言

印真言

【いんしんごん】

真言宗・または真言師の用いた邪義。真言師は大日経には、印(手指を組んで行う祈祷)と真言(呪文)があるが、法華経にはないという理由で、法華経を下した(理同事勝)。実態は原始的な呪術の範疇を出ないものであり、涅槃経に、幽霊の類いは認めないという禁誡、また大聖人も「法門をもって邪正を判じるべきで、それ以外の判断基準によってはならない」(趣意)と仰せの如く、仏の悟り・慈悲とは関係ない外道の修行法。


尚、真言とは原義では、元来翻訳されない言語という意味で用いられることをさす場合が多く、例えば「南無妙法蓮華経」は、サン・スクリッド語では、「サッダルマ・フンダリキャ・ソタラン」であり、漢字では「薩達磨・芬陀梨伽・蘇多覧※a」と書く。更にこれを漢訳すると、

「※1サッ(薩)※2ダルマ(達磨)・※3フンダリキャ(芬陀梨伽)・※4ソタラン(蘇多覧)」の、

※1を「妙」と訳し、

※2を「法」と訳し、

※3を「蓮華」と訳し、

※4を「経」とする。この場合、「妙法蓮華経」の真言(=言語)は、「サッダルマ・フンダリキャ・ソタラン」ということになる。従って真言とは、現地でもと使われていたが、それ以外の地域でその言葉を聞くと、呪文のように聞こえるものといえる。戸田先生は、「猫をキャットと呼ぶのは、アメリカやイギリスでは真言だよ。」(趣意)と御書講義で指導されたこともある。


※a大聖人は、「蘇多覧」を「御義口伝」(708頁等)などで、お使いになられているが、また、この部分を「修多羅」と表記される場合もある。