四条金吾

四条金吾

【しじょうきんご】


日蓮大聖人門下の信徒。四条中務三郎左衛門尉頼基。左衛門尉の官名・金吾から、通称を四条金吾とも。北条家の支族・江間(江馬)家に仕えた武士で、武術・医術に勝れていた。妻は日眼女(にちげんにょ)。子に月満御前(つきまろごぜん)、経王御前がいた。建長8年(1256年)、池上兄弟、工藤吉隆らと前後して大聖人に帰依した。当時27歳。


文永8年(1271年)9月の竜の口の法難では、殉死の覚悟で供をした。翌文永9年(1272年)2月には、佐渡の大聖人から「開目抄」を与えられた。その後、主君の江間氏を折伏して不興を買い、所領没収等の危機に遭遇したこともある。しかし、強盛に不退転の信心を貫いた。建治4年(1278年)には、主君・江間氏の勘気も解け、所領も倍加し、厚い信頼を得ている。

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