夏の桀

夏の桀

【かのけつ】

《殷の紂》

 忘れるといえば、こういうおもしろい話がある。

 あるとき孔子は、魯の国の君主である哀公にお目にかかった。そのとき哀公は、

「ずいぶんひどい忘れものをした者がいたそうだ。なんと、引っ越しのときに、自分の妻を忘れてしまったというのだ。これは本当かね」

 と、きいた。孔子はそれにたいして、

「それごときでは、ひどい忘れものとはいえません。もっとひどいものは、自分の身を忘れてしまったのです」

 と、答えた。つまり、昔、夏王朝の桀は、自分の身がこの世でもっとも貴い天子であったにもかかわらず、祖先をうやまうことをせず、自分で定めた法律をやぶり、みだらな音楽にふけり、酒におぼれた。するとまわりはごますりの臣ばかりとなり、忠臣は口をとざして罪にかからぬように遠ざかってしまった。やがて天下の民によって桀は殺された。これこそ、自分の身を忘れたひどい例といえる。孔子はそう説明した。

【『春秋の色』宮城谷昌光講談社文庫)】