我が親愛なる同志諸君に告ぐ

我が親愛なる同志諸君に告ぐ

【わがしんあいなるどうししょくんにつぐ】

池田先生第一部隊長であった時に烈々たる気迫で青年部第2回総会戸田先生のもとへ結集しようと師子吼された檄文。「憂国の志士総結集せよ」と共に配布された。経緯は、小説新・人間革命』の民衆城の章2005年6月掲載分)に詳しい。

※当時の字体は古字体であるので現代漢字に訳し、また原文の内容を文意にそぐわない限りにおいて一部略します。


本文

我が親愛なる同志諸君に告ぐ

生ける歴史が積り来(きたり)し齢は高し三千年、遠くは印度に仏法始まり、日本には欽明天皇の御代に始めて仏法が渡ったのである。そして七百一年にして日蓮大聖人、建長五年三大秘法の題目を唱えられ、今に七百一年を過ぎんとしている。今や日本は如何なる状態にあり、我等は何をなすべきか。此(ここ)に奇しくも創価学会が末法大折伏師匠として戸田先生を頂き、決然をして広宣流布の大闘争に起(た)ったのである。我等は先生親衛隊としてこの大偉業に参加出来たことは何たる名誉であり、果報者であろうか。唯々歓喜の涙で一杯である。

顧みれば昭和二十六年七月、青年部は辻部長を先頭に、牛田男子部長と部隊組織を以って発足し、我が第一部隊は石田隊長中心に部隊員僅か四、五十名で出発したのである。次いで九月二十六日には戸田先生より青年訓を賜り、我等は使命の重大なるを感じ、決意を新たにしたのである。そして十二月三十日、元旦にかけて七百年祭をひかえて男子青年部二百名が本山に登山し、大御本尊様に広宣流布大願成就の誓言をし、二十七年を迎え、四月七日学会総会において第一部隊旗が授与されたのである。第一部隊の名こそ、この記念祭をひかえての大闘争に勝ち得た名誉と誇るものであり、七百年祭には我が第一部隊百五十名部隊旗を先頭に大願の決意を胸に大御本尊様に御目通りしたのである。そして記念祭において獅子身中の虫である小笠原慈聞追放の狸祭事件を起し、ここに男子青年部の存在新たにしたのである。五月には中西部長中心に教育、作戦、内務の幹部室出来、七百年を期して青年部は闘争態勢を整えたのである。

二十七年を通観するに一大闘争を展開したのは狸祭である。事件後問題が波及して、法律問題にまでなったが、最後には青年部の勝利に終り、青年部なくしては広宣流布成し難しの感を深くしたのである。部隊員も三百名に増え、種々なる闘争の歴史を創って一年間を終った。

二十八年初頭、突如として石田隊長小岩部長に就任し、不肖私が第一部隊長として就任し、以来一年にならんとしている。五月には第一回の青年部総会を行い、部隊百傑組織態勢の充実を計り、対邪宗※R会B宗闘争と青年部は七百一年の足跡を残しつつある。そして本年初頭に戸田先生より部隊一千名同志獲得の命令下(お)り、その命令に応えて、第一部隊は前進に前進をして来たのである。現在にして十班二十五隊百分隊九百余名であり、闘争は余すところ一ヶ月有余である。同士諸君よ、青年部の歴史をふりかえってみれば第一部隊の存在と意義を知るであろう。目標完遂も諸君一人一人の闘争に懸(かか)っているのである。第一部隊員諸君闘おうではないか。そして七百一年の花を美事に咲かせようではないか。

(筆者注、和歌

学会の先駆はくずさじ第一部隊

       生死を共に怒涛に進まん

同志諸君、我等が使命こそ重且大である。我等が何をなすべきかは青年訓に明示されている如く三つの戦である。

第一は本尊流布の戦である。第二は邪宗撲滅の戦である。第三には自分自身の人間革命である。斯くしてこの戦を完遂するためには次の如き四つの心構えを必要をするのである。第一には唯々御本尊を信じ参らせ、自分は折伏の闘士であることを確信することである。第二に教学に励むことである。第三に行動にあたっては沈着にして強く、第四には学会精神を会得して自ら広宣流布の人材たらんと自覚することである。

隊長として諸君に望むことは青年訓を熟読玩味し、我等の使命を認識し、我れ立たずんば広宣流布成し難しと完爾と獅子王の如き強盛なる信心をもたれきことである。我等青年これ新らしき世界の創造者である。

我々は偉大なる革命児としての資格をもっているのである。この資格を絶対捨ててはならない。

大聖人様の御弟子として、又戸田先生旗本として、第一部隊諸君の棟梁として、もったいなくも大御本尊様にこの身命を捨つる決意である。

(筆者注、和歌

東洋今救出に起つ第一部隊

       我が同志(はらから=ルビ原文ママ)よ完爾と進まん

時はすでに七百二年を迎えんとしている。この時にあたって男子青年部は十二月二十日星薬科大学講堂において大総会を開催するのである。これこそ部隊一千名結集の日である。久遠の姿そのままに妙法流布の若武者の勢揃いである。諸君この総会には全員参加しようではないか。何故ならばこの日こそ七百二年の大闘争の革命児としての名誉を荷(にな)える日なのである。そして七百二年の折伏大行進の出発の日でもある。

第一部隊同志諸君よ、我々は唯々前進あるのみである。光輝ある第一部隊旗の下一千名結集しようではないか。

昭和二十八年十一月二十日

第一部隊長  池 田 大 作


固有名はイニシャルにした。