日向

日向

【にこう】

建長5年、房州の男金(おがね)村に生まれ、文永元年(1264年)、12歳の時に大聖人の門に入る。その活動面は、房総方面を主としていたようであり、建治2年(1276年)、清澄寺の道善房が死去した際に、報恩抄を奉持(ほうじ)して清澄寺に使わされた。一時、富士方面の日興上人の弘教の手伝いをしてことがあるようだが、ごく短期間だったようだ。大聖人御入滅の時は30歳であったが、性質は放逸(ほういつ)で、世法に長じていた様子で、いわゆる小才子であり、五老師敵対の中では、その元凶的な存在で、数々の謗法を波木井に勧めている。また、大聖人御入滅の時も、翌年の100ヶ日法要にも、日頂と他行して、いずれも不在であった。上総の藻原(もばら)方面に檀徒を持っていた。

【五老僧/六老僧

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