日頂

日頂

【にっちょう】

建長4年(1252年)、駿州富士郡重須の郷に生まれといわれているが、はっきりした史料はない。幼くして父を失い、母が下総若宮の富木常忍に再婚したので、日頂もまた、その養子となったと伝えられている。文永4年(1267年)、15歳の時に大聖人門下となる。御入滅の時には31歳。富木殿の関係から下総方面の布教にあたっていたようで、下総真間(まま)の弘法寺に住んでいた。3回忌の折に、不参加を理由に富木殿に勘当(かんどう)されたという話もあるが、これは伝説に近いようである。ただし、晩年、下総を離れて富士重須の日興上人を訪ね、重須に住し、そこで亡くなっている。特記すべき功績はあまり見られない。伊予房とも呼ばれていた。

五老僧六老僧