法華取要抄

法華取要抄

【ほっけしゅようしょう】

御書「十大部」の一つ。

法華取要抄(御書331頁)      

文永十11年5月  53歳御作   

与富木常忍   於身延

扶桑沙門日蓮之を述ぶ


 夫れ以れば月支西天より漢土日本に渡来する所の経論五千七千余巻なり、其中の諸経論の勝劣浅深難易先後自見に任せて之を弁うことは其の分に及ばず、人に随い宗に依つて之を知る者は其の義紛紕す、所謂華厳宗の云く「一切経の中に此の経第一」と、法相宗の云く「一切経の中に深密経第一」と、三論宗の云く「一切経の中に般若経第一」と、真言宗の云く「一切経の中に大日の三部経第一」と、禅宗の云く或は云く「教内には楞伽経第一」と、或は云く「首楞厳経第一」と或は云く「教外別伝の宗なり」と、浄土宗の云く「一切経の中に浄土の三部経末法に入りては機教相応して第一なり」と、倶舎宗成実宗律宗云く「四阿含並に律論は仏説なり華厳経法華経等は仏説に非ず外道の経なり」或は云く或は云く、而に彼れ彼れ宗宗の元祖等杜順智儼法蔵澄観玄奘慈恩嘉祥道朗善無畏金剛智不空道宣鑒真曇鸞道綽善導達磨慧可等なり、此等の三蔵大師等は皆聖人なり賢人なり智は日月に斉く徳は四海に弥れり、其の上各各に経律論に依り更互に証拠有り随つて王臣国を傾け土民之を仰ぐ末世の偏学設い是非を加うとも人信用を致さじ、爾りと雖も宝山に来り登つて瓦石を採取し栴檀に歩み入つて伊蘭を懐き取らば悔恨有らん、故に万人の謗りを捨て猥りに取捨を加う我が門弟委細に之を尋討せよ。

 夫れ諸宗の人師等或は旧訳の経論を見て新訳の聖典を見ず或は新訳の経論を見て旧訳を捨置き或は自宗の曲に執著して己義に随い愚見を注し止めて後代に之を加添す、株杭に驚き騒ぎて兎獣を尋ね求め智円扇に発して仰いで天月を見る非を捨て理を取るは智人なり、今末の論師本の人師の邪義を捨て置いて専ら本経本論を引き見るに

五十余年の諸経の中に法華経第四法師品の中の已今当の三字最も第一なり、諸の論師諸の人師定めて此経文を見けるか、然りと雖も或は相似の経文に狂い或は本師の邪会に執し或は王臣等の帰依を恐るるか、所謂金光明経の「是諸経之王」密厳経の「一切経中勝」六波羅蜜経の「総持第一」大日経の「云何菩提」華厳経の「能信是経最為難」般若経の「会入法性不見一事」大智度論の「般若波羅蜜最第一」涅槃論の「今者涅槃理」等なり、此等の諸文は法華経の已今当の三字に相似せる文なり然りと雖も或は梵帝四天等の諸経に対当すれば是れ諸経の王なり或は小乗経に相対すれば諸経の中の王なり或は華厳勝鬘等の経に相対すれば一切経の中に勝れたり全く五十余年の大小権実顕密の諸経に相対して是れ諸経の王の大王なるに非ず所詮所対を見て経経の勝劣を弁うべきなり、強敵を臥伏するに始て大力を知見する是なり、其の上諸経の勝劣は釈尊一仏の浅深なり全く多宝分身の助言を加うるに非ず私説を以て公事に混ずる事勿れ、諸経は或は二乗凡夫に対揚して小乗経を演説し、或は文殊解脱月金剛薩・等の弘伝の菩薩に対向して全く地涌千界の上行等には非ず、今法華経と諸経とを相対するに一代に超過すること二十種之有り、其の中最要二有り所謂三五の二法なり三とは三千塵点劫なり諸経は或は釈尊の因位を明すこと或は三祇或は動逾塵劫或は無量劫なり、梵王云く此の土には二十九劫より已来知行の主なり第六天帝釈四天王等も以て是くの如し、釈尊と梵王等と始めて知行の先後之を諍論す爾りと雖も一指を挙げて之を降伏してより已来梵天頭を傾け魔王掌を合せ三界の衆生をして釈尊に帰伏せしむる是なり、又諸仏の因位と釈尊の因位と之を糾明するに諸仏の因位は或は三祇或は五劫等なり釈尊の因位は既に三千塵点劫より已来娑婆世界の一切衆生の結縁の大士なり、此の世界の六道の一切衆生は他土の他の菩薩に有縁の者一人も之無し、法華経に云く「爾の時に法を聞く者は各諸仏の所に在り」等云云、天台云く「西方は仏別に縁異り故に子父の義成せず」等云云、妙楽云く「弥陀釈迦二仏既に殊なり況や宿昔の縁別にして化導同じからざるをや結縁は生の如く成熟は養の如し生養縁異れば父子成ぜず」等云云、

当世日本国の一切衆生弥陀の来迎を待つは譬えば牛の子に馬の乳を含め瓦の鏡に天月を浮ぶるが如し、又果位を以て之を論ずれば諸仏如来或は十劫百劫千劫已来の過去の仏なり、教主釈尊は既に五百塵点劫より已来妙覚果満の仏なり大日如来阿弥陀如来薬師如来等の尽十方の諸仏は我等が本師教主釈尊の所従等なり、天月の万水に浮ぶ是なり、華厳経の十方台上の毘盧遮那大日経金剛頂経両界の大日如来宝塔品の多宝如来の左右の脇士なり、例せば世の王の両臣の如し此の多宝仏も寿量品の教主釈尊の所従なり、此の土の我等衆生は五百塵点劫より已来教主釈尊の愛子なり不孝の失に依つて今に覚知せずと雖も他方の衆生には似る可からず、有縁の仏と結縁の衆生とは譬えば天月の清水に浮ぶが如く無縁の仏と衆生とは譬えば聾者の雷の声を聞き盲者の日月に向うが如し、而るに或る人師は釈尊を下して大日如来を仰崇し或る人師は世尊は無縁なり阿弥陀は有縁なり、或る人師の云く小乗の釈尊と或は華厳経の釈尊と或は法華経迹門の釈尊と此等の諸師並びに檀那等釈尊を忘れて諸仏を取ることは例せば阿闍世太子の頻婆沙羅王を殺し釈尊に背いて提婆達多に付きしが如し、二月十五日は釈尊御入滅の日乃至十二月十五日も三界慈父の御遠忌なり、善導法然永観等の提婆達多に誑されて阿弥陀仏の日と定め畢んぬ、四月八日は世尊御誕生の日なり薬師仏に取り畢んぬ、我が慈父の忌日を他仏に替るは孝養の者なるか如何、寿量品に云く「我も亦為れ世の父狂子を治する為の故に」等云云、天台大師云く「本此の仏に従つて初めて道心を発す亦此の仏に従つて不退地に住す乃至猶百川の海に潮すべきが如く縁に牽かれて応生すること亦復是くの如し」等云云。

 問うて云く法華経は誰人の為に之を説くや、答えて曰く方便品より人記品に至るまでの八品に二意有り上より下に向て次第に之を読めば第一は菩薩第二は二乗第三は凡夫なり、安楽行より勧持提婆宝塔法師と逆次に之を読めば滅後の衆生を以て本と為す在世の衆生は傍なり滅後を以て之を論ずれば正法一千年像法一千年は傍なり、

末法を以て正と為す末法の中には日蓮を以て正と為すなり、問うて曰く其の証拠如何、答えて曰く況滅度後の文是なり、疑つて云く日蓮を正と為す正文如何、答えて云く「諸の無智の人有つて悪口罵詈等し及び刀杖を加うる者」等云云、問うて曰く自讃は如何、答えて曰く喜び身に余るが故に堪え難くして自讃するなり、問うて曰く本門の心如何、答えて曰く本門に於て二の心有り一には涌出品の略開近顕遠は前四味並に迹門の諸衆をして脱せしめんが為なり、二には涌出品の動執生疑より一半並びに寿量品分別功徳品の半品已上一品二半を広開近顕遠と名く一向に滅後の為なり、問うて曰く略開近顕遠の心如何、答えて曰く文殊弥勒等の諸大菩薩梵天帝釈日月衆星竜王等初成道の時より般若経に至る已来は一人も釈尊の御弟子に非ず此等の菩薩天人は初成道の時仏未だ説法したまわざる已前に不思議解脱に住して我と別円二教を演説す釈尊其の後に阿含方等般若を宣説し給う然りと雖も全く此等の諸人の得分に非ず、既に別円二教を知りぬれば蔵通をも又知れり勝は劣を兼ぬる是なり委細に之を論ぜば或は釈尊の師匠なるか善知識とは是なり釈尊に随うに非ず、法華経の迹門の八品に来至して始めて未聞の法を聞いて此等の人人は弟子と成りぬ舎利弗目連等は鹿苑より已来初発心の弟子なり、然りと雖も権法のみを許せり、今法華経に来至して実法を授与し法華経本門の略開近顕遠に来至して華厳よりの大菩薩二乗大梵天帝釈日月四天竜王等は位妙覚に隣り又妙覚の位に入るなり、若し爾れば今我等天に向つて之を見れば生身の妙覚の仏本位に居して衆生を利益する是なり。

 問うて曰く誰人の為に広開近顕遠の寿量品を演説するや、答えて曰く寿量品の一品二半は始より終に至るまで正く滅後衆生の為なり滅後の中には末法今時の日蓮等が為なり、疑つて云く此の法門前代に未だ之を聞かず経文に之れ有りや、答えて曰く予が智前賢に超えず設い経文を引くと雖も誰人か之を信ぜん卞和が啼泣伍子胥が悲傷是なり、然りと雖も略開近顕遠動執生疑の文に云く「然も諸の新発意の菩薩仏の滅後に於て若し是の語を聞かば或は信受せずして法を破する罪業の因縁を起さん」等云云、文の心は寿量品を説かずんば末代の凡夫皆悪道に堕せん等なり、寿量品に云く「是の好き良薬を今留めて此に在く」等云云、文の心は上は過去の事を説くに似たる様なれども此の文を以て之れを案ずるに滅後を以て本と為す先ず先例を引くなり、分別功徳品に云く「悪世末法の時」等云云、神力品に云く「仏滅度の後に能く是の経を持たんを以つての故に諸仏皆歓喜して無量の神力を現じ給う」等云云、薬王品に云く「我が滅度の後後の五百歳の中に広宣流布して閻浮提に於て断絶せしむること無けん」等云云、又云く「此の経は則ち為れ閻浮提の人の病の良薬なり」等云云、涅槃経に云く「譬えば七子の如し父母平等ならざるに非ざれども然も病者に於て心則ち偏に重し」等云云、七子の中の第一第二は一闡提謗法の衆生なり諸病の中には法華経を謗ずるが第一の重病なり、諸薬の中には南無妙法蓮華経は第一の良薬なり、此の一閻浮提は縦広七千由善那八万の国之れ有り正像二千年の間未だ広宣流布せざるに法華経当世に当つて流布せしめずんば釈尊は大妄語の仏多宝仏の証明は泡沫に同じく十方分身の仏の助舌も芭蕉の如くならん。

 疑つて云く多宝の証明十方の助舌地涌の涌出此等は誰人の為ぞや、答えて曰く世間の情に云く在世の為と、日蓮云く舎利弗目・等は現在を以て之を論ずれば智慧第一神通第一の大聖なり、過去を以て之を論ずれば金竜陀仏青竜陀仏なり、未来を以て之を論ずれば華光如来、霊山を以て之を論ずれば三惑頓尽の大菩薩、本を以て之を論ずれば内秘外現の古菩薩なり、文殊弥勒等の大菩薩は過去の古仏現在の応生なり、梵帝日月四天等は初成已前の大聖なり、其の上前四味四教一言に之を覚りぬ仏の在世には一人に於ても無智の者之れ無し誰人の疑を晴さんが為に多宝仏の証明を借り諸仏舌を出し地涌の菩薩を召さんや方方以て謂れ無き事なり、経文に随つて「況滅度後令法久住」等云云、此等の経文を以て之を案ずるに偏に我等が為なり、随つて天台大師当世を指して云く「後の五百歳遠く妙道に沾わん」伝教大師当世を記して云く「正像稍過ぎ已つて末法太だ近きに有り」等云云、

「末法太有近」の五字は我が世は法華経流布の世に非ずと云う釈なり。

 問うて云く如来滅後二千余年竜樹天親天台伝教の残したまえる所の秘法は何物ぞや、答えて云く本門の本尊と戒壇と題目の五字となり、問うて曰く正像等に何ぞ弘通せざるや、答えて曰く正像に之を弘通せば小乗権大乗迹門の法門一時に滅尽す可きなり、問うて曰く仏法を滅尽するの法何ぞ之を弘通せんや、答えて曰く末法に於ては大小権実顕密共に教のみ有つて得道無し一閻浮提皆謗法と為り畢んぬ、逆縁の為には但妙法蓮華経の五字に限る、例せば不軽品の如し我が門弟は順縁なり日本国は逆縁なり、疑つて云く何ぞ広略を捨て要を取るや、答えて曰く玄奘三蔵は略を捨てて広を好み四十巻の大品経を六百巻と成す羅什三蔵は広を捨て略を好む千巻の大論を百巻と成せり、日蓮は広略を捨てて肝要を好む所謂上行菩薩所伝の妙法蓮華経の五字なり、九包淵が馬を相するの法は玄黄を略して駿逸を取る支道林が経を講ずるには細科を捨てて元意を取る等云云、仏既に宝塔に入つて二仏座を並べ分身来集し地涌を召し出し肝要を取つて末代に当てて五字を授与せんこと当世異義有る可からず。

 疑つて云く今世に此の法を流布せば先相之れ有りや、答えて曰く法華経に「如是相乃至本末究竟等」云云、天台云く「蜘虫掛りて喜び事来たり・鵲鳴いて客人来る小事猶以て是くの如し何に況や大事をや」取意、問うて曰く若し爾れば其の相之れ有りや、答えて曰く去ぬる正嘉年中の大地震文永の大彗星其より已後今に種種の大なる天変地夭此等は此先相なり、仁王経の七難二十九難無量の難、金光明経大集経守護経薬師経等の諸経に挙ぐる所の諸難皆之有り但し無き所は二三四五の日出る大難なり、而るを今年佐渡の国の土民は口口に云う今年正月廿三日の申の時西の方に二の日出現す或は云く三の日出現す等云云、二月五日には東方に明星二つ並び出ず其の中間は三寸計り等云云、此の大難は日本国先代にも未だ之有らざるか、最勝王経の王法正論品に云く「変化の流星堕ち

二の日倶時に出で他方の怨賊来つて国人喪乱に遭う」等云云、首楞厳経に云く「或は二の日を見し或は両つの月を見す」等、薬師経に云く「日月薄蝕の難」等云云、金光明経に云く「彗星数ば出で両つの日並び現じ薄蝕恒無し」大集経に云く「仏法実に隠没せば乃至日月明を現ぜず」仁王経に云く「日月度を失い時節返逆し或は赤日出で黒日出で二三四五の日出ず或は日蝕して光無く或は日輪一重二三四五重輪現ぜん」等云云、此の日月等の難は七難二十九難無量の諸難の中に第一の大悪難なり、問うて曰く此等の大中小の諸難は何に因つて之を起すや、答えて曰く「最勝王経に曰く非法を行ずる者を見て当に愛敬を生じ善法を行ずる人に於て苦楚して治罰す」等云云、法華経に云く涅槃経に云く金光明経に云く「悪人を愛敬し善人を治罰するに由るが故に星宿及び風雨皆時を以て行われず」等云云、大集経に云く「仏法実に隠没し乃至是くの如き不善業の悪王悪比丘我が正法を毀壊す」等、仁王経に云く「聖人去る時七難必ず起る」等、又云く「法に非ず律に非ず比丘を繋縛すること獄囚の法の如くす爾の時に当つて法滅せんこと久しからず」等、又云く「諸の悪比丘多く名利を求め国王太子王子の前に於て自ら破仏法の因縁破国の因縁を説かん其の王別まえずして此の語を信聴せん」等云云、此等の明鏡を齎て当時の日本国を引き向うるに天地を浮ぶること宛も符契の如し眼有らん我が門弟は之を見よ、当に知るべし此の国に悪比丘等有つて天子王子将軍等に向つて讒訴を企て聖人を失う世なり、問うて曰く弗舎密多羅王会昌天子守屋等は月支真旦日本の仏法を滅失し提婆菩薩師子尊者等を殺害す其の時何ぞ此の大難を出さざるや、答えて曰く災難は人に随つて大小有る可し正像二千年の間悪王悪比丘等は或は外道を用い或は道士を語らい或は邪神を信ず仏法を滅失すること大なるに似たれども其の科尚浅きか、今当世の悪王悪比丘の仏法を滅失するは小を以て大を打ち権を以て実を失う人心を削て身を失わず寺塔を焼き尽さずして自然に之を喪す其の失前代に超過せるなり、我が門弟之を見て法華経を信用せよ目を瞋らして鏡に向え、天瞋るは人に失有ればなり、

二の日並び出るは一国に二の国王並ぶ相なり、王と王との闘諍なり、星の日月を犯すは臣王を犯す相なり、日と日と競い出るは四天下一同の諍論なり、明星並び出るは太子と太子との諍論なり、是くの如く国土乱れて後に上行等の聖人出現し本門の三つの法門之を建立し一四天四海一同に妙法蓮華経の広宣流布疑い無からん者か。

文永十一年五月

在御判