無作の三身

無作の三身

【むさのさんじん】

無作とは、つくろわず、はたらかさず、ありのままということ。生命にはすべて法身(ほっしん/生命)、応身(肉体)、報身(智慧)の三身を具している。法身が永遠であることは、すでに諸経に説き明かされているが、寿量品で初めて三身がそのまま本有常住であると、三身の常住を説いた。三身の常住は、仏法の核心であり、一身即三身の無作三身如来は、別しては日蓮大聖人である。御義口伝下に「一念三千即自受用身自受用身とは尊形(そんぎょう)を出でたる仏と・出尊形仏とは無作の三身ということなり(759頁)」また同じく「無作の三身なれば初めて成ぜず是れ働かざるなり」とある。