生死一大事血脈抄

生死一大事血脈抄

【しょうじいちだいじけつみゃくしょう】

以前は「けちみゃくしょう」とも。


文永9年2月11日 51歳御作 与最蓮房日浄

御書全集1337頁12行目~17行目


青年一級試験範囲より》

(参考:聖教新聞

1997年平成9年)6/25(水)「女子教学研さんのために」

1999年平成11年)2/26(金)「女子教学研さんのために」

(大白蓮華

2005年平成17年)8月臨時増刊号「青年教学試験(1級)研鑽のために P.101 第5章 異体同心の信心、第6章 一切衆生救済の大慈悲と師弟の宿縁」


《背景と大意》

本抄は文永9年(1272年)2月11日日蓮大聖人が51歳の時、佐渡塚原でしたためられ、最蓮房日浄(日栄)に送られました。

最蓮房は、京都の出身で、もとは天台の学僧でしたが、大聖人が佐渡へ御配流になる以前に、何らかの理由で流罪されていました。

この年の1月16日、大聖人は塚原問答で念仏者達を完膚なきまでに破折されました。おそらく最蓮房は、その姿に感銘し、帰依したのではないかと思われます。

本抄は、弟子になって間もない最蓮房が、生死一大事血脈という仏法の極理について質問したことに対する御返事です。

題号の「生死一大事血脈」とは、生死を繰り返す生命そのものの重要の大事の法を、血液が血管の中をスムーズに流れるように、仏から衆生へ、師匠から弟子へと伝えることを意味します。

本抄では、初めに生死一大事血脈について、南無妙法蓮華経に他ならない事を明らかにしています

そして、この生死一大事の血脈は、(1)仏の生命と法華経で説かれる成仏の法と、我等衆生の生命とが全く差別がないと信受して唱題に励む時 (2)過去現在未来の三世に渡って法華経を受持し、強盛な信心を貫く時 (3)異体同心で南無妙法蓮華経と唱え、広宣流布を目指す時、その信心の中に流れるのであると教えられています。

最後に、最蓮房が仏法の真髄にかかわる問題について質問したことを喜ばれるとともに、師弟の宿縁を明かされ、一層の強盛な信心に立つよう励まされています。


《通解》

総じて日蓮の弟子檀那等が、自分と他人、あちらとこちらというような隔(へだ)ての心をなくし、水魚の思いをなして、異体同心に南無妙法蓮華経と唱え奉るところを生死一大事の血脈と言うのです。しかも今、日蓮が弘通する法の肝要はこれなのです。もしそうしていくならば、広宣流布の大願も成就するでしょう。これに反して、日蓮の弟子の中に異体異心の者があれば、例えて言えば、城の中にいる者が、内側から城を破るようなものです。日蓮は、日本国の一切衆生法華経を信じさせ、仏になるべき血脈を継がせようとしているのに、かえって日蓮を種々の難にあわせ、揚げ句の果てにこの佐渡にまで流罪にしたのです。そうした中で、あなた日蓮に随順され、また難にあわれており、その心中が思いやられて心を痛めております。金は大火にも焼けず、大水にも流されず、朽ちる事もありません。鉄は水にも火にも耐える事ができません。賢人は金のようであり、愚人は鉄のようなものです。あなた法華経の金を持(たも)つ故に、まさに真金なのです。


池田名誉会長のスピーチから》

「総じて日蓮が弟子檀那等・自他彼此(じたひし)の心なく水魚(すいぎょ)の思を成して異体同心にして南無妙法蓮華経と唱え奉る処を生死一大事の血脈とは云うなり、然(しか)も今日蓮が弘通する処の所詮(しょせん)是なり、若し然らば広宣流布の大願も叶うべき者か」(御書1337頁)

この一説に入ると、伸一は、強い口調で語った。

「諸君は、この御文を胸に刻み、一生涯忘れずに、互いに戒め合い、異体同心の団結で、広宣流布の総仕上げをしていただきたい。

そうすれば、広宣流布の不滅の流れができる。

大聖人亡きあと、なぜ、日蓮教団は分裂していったか。それは、日興上人を中心に、団結することができなかったからです。

人間は、年とともに、権力に心を奪われ、自分の地位、立場などに強い執着をもち、名聞名利に流されていく。『自己中心』になっていくものです。

すると、信心をもって、団結することができなくなる。それでは、どんな学会の役職についていたとしても、信心の敗北だ。信心というのは、結局は、この『自己中心』の心との戦いなんです」

小説新・人間革命』「鳳雛」の章33 1999-01-11付け聖教新聞掲載)


「御書研鑚のために」より》

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