略開近顕遠

略開近顕遠

【りゃっかいごんけんのん】

略して、ほぼ近(ごん/始成正覚)を開いて、遠(おん/久遠実成)を顕す、ということで、仏の生命の久遠なことをほぼ説いた涌出品の文をいう。

釈尊は爾前四十余年の経でも、また無量義経でも法華経方便品でも、インドに生まれてから修行して成仏したと説いている。(「開目抄 上」196頁)

ところが法華経の本門に入った最初の涌出品で地涌の菩薩が出現したのを見て、一座の大衆は大いに驚き、これらの地涌の菩薩たちは、どこの国からきたのか、なんという仏の弟子で、なんという仏法を修行したのか等と質問した。

これに答えて仏は「我れ伽耶城菩提樹下(がやじょうぼだいじゅげ)に於いて坐して、最正覚(さいしょうがく)を成ずることを得て、無上の法輪を転じ、爾(しか)して乃(すなわ)ち之を教化して、初めて道心を発(おこ)さしむ、今皆不退に住せり、悉(ことごと)く当(まさ)に成仏を得べし、我今実語を説く、汝等(なんだち)一心に信ぜよ、我久遠より来(このかた)、是れ等の衆を教化せり」と説いている。すなわち地涌の菩薩こそ自分の第一の弟子であるといった。これが略開近顕遠の文である。

《開近顕遠》