経・律・論

経・律・論

【きょう りつ ろん】

経とは、釈尊釈迦如来)在世の一切の所説(言葉で説かれたもの)。 

律とは、釈尊の所説以外の、行動・振る舞い。

論とは、釈尊滅後に付法蔵等の論師(「ろんじ」とも)たちの著した経・律を分かり易くまとめた著作。

これらは一般に「八万法蔵」と呼ばれ、非常な量であるが、一切経に通ずる事は、それは最早過去小乗等のように、王侯貴族や僧侶の文化であり、経・律・論全てに通暁する必要はなく、大聖人の御立場では三大秘法広宣流布の時来る現在となっては仮に全てに知悉したとしても、「大小」「権実」*「顕密」の勝劣を厳密に分別することが出来なくてはならないと仰せられている。逆に、所詮は釈尊が悟った究極の「一大事」はただひとつであるのだから、その「一大事」が三大秘法の南無妙法蓮華経にほかならないとされている。

その上で、この「一大事」の法を説く為に、前提として、足掛りとして、種種の法を設け、説いたのであるのだから、そこには上記のような勝劣・浅深の差別が本来あるのであり、それを弁えねば釈尊の教えを正しく知る事にはならない。

更に、三重秘伝の義に約せば、*「顕密」の「顕経」は釈尊所立の「法華経」であり、「密経」とはまさしく本門寿量品の文底に秘沈された南無妙法蓮華経となる。

《修多羅/経・論・釈/一切経》《反:文上