薬草喩品

薬草喩品

薬草喩品第五【やくそうゆほんだいご】

前の信解品において、四大声聞が三車一乗の譬えを聞いて、三乗方便一乗真実の旨を知り、これを長者窮子(ぐうじ)の譬えをもって信解したのであるが、更に一歩を進め、教は本来、一相一味であるけれども衆生の機根に随って、三乗五乗の別をなしていることを十分に解してないので、釈尊は「一地の所生、一雨の所潤(しょにん)なりと雖も、而も諸の草木、各差別有るが如し」と三草二木の譬え(雲雨薬草の喩)を説いて、実相一味の法が、機によって三乗五乗と分かれることを示した。

すなわち釈尊が、四大声聞の領解を達成したところであるから、所潤の薬草を取って薬草喩品と名づけられるのである。

五乗七方便は、共に差別の利益をこうむるものであるが、一地の所生、一雨の所潤であることを説いているのであるから、結局は差別の五乗七方便は、ただちに仏智の一仏性に開会せられて、無差別の仏海に帰入(きにゅう)することを知らせるのみで、すべて仏の善巧(ぜんぎょう)方便であることを教えられているのである。