願兼於業

願兼於業

【がんけんおごう】

「願(ねがい)、業を兼(か)ぬ」と読み、衆生を救済しようと自ら願って、あえて悪世に生まれて妙法を弘通すること。

法華経法師品第十の「薬王当に知るべし。是の人は、自ら清浄の業報を捨てて、我が滅度の後に於いて、衆生をあわれむが故に、悪世に生まれて、広く此の経を演ぶるなり」の文を、妙楽大師が法華文句記巻八の三で釈して、「願兼於業」と呼んだ。


 例せば小乗菩薩の未断惑なるが願兼於業と申して・つくりたくなき罪なれども父母等の地獄に堕ちて大苦を・うくるを見てかたのごとく其の業を造つて願つて地獄に堕ちて苦に同じ苦に代れるを悦びとするがごとし、此れも又かくのごとし当時の責はたうべくも・なけれども未来の悪道を脱すらんと・をもえば悦びなり。(「開目抄」203頁)


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