1000頁

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【せんぺーじ】

  • 兵衛志殿御返事(1000頁~)
  • 建治元年8月 54歳御作 於身延
  • 御書全集1089頁9行目~1090頁2行目
  • 編年体御書795頁9行目~12行目

《参考:聖教新聞

  • 1998年平成10)6/26(金)「7月度女子部教学研さんのために」
  • 2001年平成13)8/28(火)「9月度女子部草の根大教学運動のために」
  • 2005年平成17)6/28(火)「7月度女子部草の根大教学運動のために」

《背景と大意》

本抄は、建治元年(1275年)8月、日蓮大聖人が54歳の時、身延でしたためられ、池上兄弟の弟・兵衛志宗長(ひょうえのさかんむねなが)に与えられた御手紙です。

兄弟の父・康光(やすみつ)は、真言律宗の極楽寺良観(ごくらくじりょうかん)の熱心な信奉者で、兄弟の信心に猛反対であり、兄の宗仲(むねなか)は2度に渡って勘当を言い渡されています。当時の勘当血縁関係の断絶であるのみならず経済的、社会的破滅に通じるものでした。

この御手紙は、兄弟が難に粉動される事なく、心を合わせて信心を貫いた結果、父の勘当を解かれた時に、弟の宗長に送られた御消息です。

本抄は、日本蒙古の責めにあうのは釈尊を軽んじ、念仏・真言・禅宗などの諸宗を国中が信仰している、一国謗法に原因があると断言されされています。そして兄弟に今後もどのような事があったとしても、強い信心をもって、仏の敵を攻めていくよう教えられています。


《通解》

世間の人達は、あなた方兄弟二人が、とうに信心を捨てたであろうと見ていたのに、このように立派に信心をまっとうしてこられたのは、ひとえに、釈迦仏・法華経の御力であると、あなた方は思っておられる事でしょう。また私もそう思っています。後生の頼もしさは言葉では言い表せません。これから先も、どのような事があっても、信心が少しもたゆむ事があってはいけません。いよいよ、声を張り上げて仏の敵を攻めて行くべきです。たとえ命に及ぶような事があっても、少しも恐れてはなりません。


池田名誉会長の指針から》

戸田先生は、あの大阪事件の弾圧の渦中に叫ばれた。

「破折すべきことは徹底して破折していくんです。黙っていれば、世間はそれが真実だと思い込んでしまう。

『いかなる事ありとも・すこしもたゆ(弛)む事なかれ、いよいよ・はりあげてせむべし』というのが、折伏精神です」

正義が嘘八百に負けてたまるものですか」

負けてたまるか!──この「折伏精神」「攻撃精神」に心を合わせてきたからこそ、世界的な学会になった。

牧口先生戸田先生、そして戸田先生と私は、この最極(さいごく)の「師弟の力」で勝ってきたのである。

わが青年部も、この道に続いていただきたい。

(第49回「本部幹部会」でのスピーチ 05.05.23付)


《以上、「御書研鑚のために」より》