yasuyo-yoの求道辞典

2007-08-31阿仏房

阿仏房

【あぶつぼう】

(?~1279年)。

日蓮大聖人御在世当時の信徒阿仏房日得のこと。従来の説では俗名は遠藤為盛といい、順徳上皇の北面の武士で、承久三年(1221年)に上皇佐渡に流されたとき供をして、佐渡に定住したと伝えられてきたが、千日尼御返事に「故阿仏房聖霊日本国北海の島のいびすのみなりしかども後生をそれて出家し」(1322㌻)とある御文等から、最近ではそれ以前からの土着の人(在家宅主)であったとの節が有力になっている。日蓮大聖人の佐渡流罪中に塚原三昧堂において大聖人を論結しようとしてかえって破折され、念仏を捨てて妻、千日尼とともに大聖人に帰伏したとされる。以来、文永十一年(1274年)に大聖人が流罪赦免となって鎌倉へ帰られるまで給仕に努めた。大聖人が身延に入られてからも、大聖人を慕って、老齢の身にもかかわらず、三回もご供養の品々を携えて身延へお訪ねしている。また豊後房、覚静房、三伏房等を指導し、子息の藤九郎守綱もその志を継ぎ、曾孫の如寂日満は年少より富士に上って日興聖人に仕えて、北陸における仏法の中心者を命じられている。弘安二年(1279年)3月21日死去、時に91歳の高齢とも伝えられている。

〔御書〕阿仏房御書(1304㌻)

2007-08-30三道

三道

【さんどう】

三種の道のこと。

煩悩道、業道、苦道のこと。輪廻三道、三輪ともいう。衆生六道の生死(迷い、苦しみ)を続けていく状態を示したもの。

煩悩道(惑道)とは無明、貪欲、瞋恚などの煩悩のこと。

業道とは煩悩から起こる善悪の身口意の所作。

苦道とは惑、業を因として招いた三界六道の苦果(苦しみ)。

道は「通ずる」の義で、この三つが互いに因果となって相通ずるゆえに三道という。この三道は十二縁起を三種の道に分けたもので、阿毘曇甘露味論巻上因縁種品の文によれば無明、愛、受の三つは煩悩になり、行、有は業になり、識、名色、六入、更楽、痛、生、老死の七つは苦になる。また十二因縁の頌では「三に従うが故に二を生じ、二従うが故に七を生じ、七に従いて復た三を生ず。是の故に輪の転ずるが如し」と煩悩、業、苦の三つが相通じて、煩悩から業に、苦から更に煩悩を生じ、輪のように展転して連続する様を示している。日蓮大聖人は当体義抄に「正直に方便を捨て、但法華経を信じ南無妙法蓮華経と唱うる人は、煩悩・業・苦の三道・法身・般若解脱三徳と転じて三観・三諦・即一心に顕われ其の人の所住の処は常寂光土なり」(512㌻)と、三道の流転を三徳に転ずる法を説かれている。

②見道、修道、無学道のこと。行位の三道ともいい、小乗の声聞乗、大乗の菩薩乗の修行の階位を次第に立てたもの。ともに涅槃に通ずるので道と名づける。

見道。見諦道、見諦ともいい、一切の見惑を断ずる位。無始以来初めて無漏の聖智(煩悩を離れた清浄な智)を生じて四諦(仏教の真理)を明了に見る位で、この見道に達しない者を凡、見道以後を聖という。倶舎論巻二十三では小乗の声聞乗の修行の位を四向四果に配して預流向の者を見道とする。成唯識論巻九では大乗の菩薩乗の階位を唯識の五位にあてて第三位の通達位(初地の位)を見道としている。

修道。一切の修惑を断ずる位。見道についで更に具体的にしばしば修習して修惑を断ずる位。声聞乗にあっては修習位(初地住心以後乃至第十地)をいう。

無学道。煩悩を断尽し更に学ぶべき法がない位。学とは修行の義。無学位、無学果、無学地ともいい、諸惑を断尽して究極的な悟りに入った位で更に学ぶもののない位。声聞乗では阿羅漢果菩薩乗では究竟位(仏果)をいう。

③十悪業道(よく苦報の通ずる十種の業因)の中の貪、瞋、邪見の三つのこと。大乗義章巻五では三根として貪、瞋、癡の三つをあげ、三道として貪(自己の情にかなうものに執着するあくなき心の作用)、瞋(自己の情けにかなわないものを憎み憤る心の作用)、邪見(因果の道理を無視する妄見)の三つをあげている。

④十界のうち地獄界、餓鬼界、畜生界の三つをいう。

2007-08-29法華経題目抄

法華経題目抄

【ほけきょうだいもくしょう】

文永3年(1266年)1月6日、日蓮大聖人45歳の時、安房清澄山でしたためられた書(940㌻)。いただいたのは念仏を称(とな)えていた女性で、大聖人の教えを信じたが念仏に執着する心を捨て切れないので、それを打ち破るために書かれたもの。大意は、法華経の題目を唱える功徳について問答形式によって述べられている。①南無妙法蓮華経と意味を知らずに題目ばかり唱えてもよいのかの問いに対し、世間的例などを挙げながら、八万法蔵の肝心である題目には偉大な功力があることを示される。ただし、信心が根本であり、信を根本にして題目を唱えればどんな悪業も免れることを、種々の実例を引いて説かれている②題目ばかりを唱えよ、という文証があるかとの問いに対し、妙法蓮華経、正法華経、添品法華経の文証を引かれ、広略要にあてはめて、題目は要であることを示されている③妙法蓮華経の五字にどれほどの功徳があるかとの問いに対し、はじめに経の一字は諸経の王で、一切の郡経を収めるものであり、妙法蓮華経の四字も、八万法蔵に超過すると述べられている。次に、妙の一字について妙とは開ということで、諸仏が説いた諸経の意も法華経にいたってはじめて開会したのであると開の義によって功徳を明かされている。また妙とは、具の義で、法華経の一々の文字に六万九千三百八十四字の徳を収めていると説かれ、更に妙とは蘇生の義があることから、その功徳の偉大さを述べられている。④全文の結びとして、釈尊、天台大師伝教大師の所説によって明らかであるように、女人は法華経をはなれては成仏できない。念仏に執着する心を早くひるがえし、法華経を信じ南無妙法蓮華経と唱えて成仏するように指導されている。御真筆は京都、本圀寺等にある。

ふりてんふりてん2011/06/17 18:07わかりやすくまとめておられますね。
ありがとうございました^^

2007-08-28竜樹

竜樹

【りゅうじゅ】

ナーガールジュナのこと。150年~250年ごろ。

インドの大乗の論師。

『中論』など多くの論を著し、大乗仏教を宣揚し、中国日本仏教にも多大の影響を与えた。

2007-08-27甘露

甘露

【かんろ】

サンスクリット古代インドの文章語)の「アムリタ」の訳で、不死の良薬のこと。