yasuyo-yoの求道辞典

2007-09-17

曇鸞

【どんらん】

(476~542年)中国浄土教の祖師の一人。雁門(山西省北西部)の人。初め四論を学ぶ。後、病のため長生不死の術を求め、江南の仙土、陶弘景を訪ねて仙経を得て帰り、五台山において出家する。洛陽で菩提流支に会って観無量寿経を授かり、仙経を捨てて浄土教に専心した。東魏の帝王の帰依を得て神鸞の号を賜り、并州大厳寺(へいしゅだいげんじ)に住み、晩年は石壁山玄中寺に住んだ。東魏興和4年(542年)、遥山寺において没す。著書に往生論註二巻、略論安楽浄土義、讃阿弥陀仏偈等の浄土に関するものや療百病雑丸方三巻、調気方一巻等の道教式医書等がある。その代表的なものは往生論註で菩提流支が訳した天親の優婆提舎願生偈を竜樹十住毘沙論の易行品等の所説を取り入れて論じたもの。曇鸞行道、易行道に立て分けて論じたのは法華経以外についてであったが、日本法然(源空)はこの行道の中に法華経も加え、法華経を下している。

御書 立正安国論(22㌻)


回向・廻向・迴向

【えこう】

回転趣向の意。自らが仏道修行をして得たところの功徳を、回し転じて、衆生に向けて施し与えることをいう。日本では、亡き父母、兄弟、先祖等の冥福を祈るという意味に使われることが多い。旧訳華厳経巻十五に「此の菩薩摩訶薩は、一切の諸の善根を修得する時、彼の善根を以て、是の如く迴向し、この善根功徳の力をして一切の処に至らしむ」とあり、天台大師の摩訶止観巻七に「一切の賢聖の功徳広大なるを、我れ今随喜す。福亦た広大なり。衆生は善無し。我れ善を以って施し、衆生に施し己って、正しく菩提に向う。声を迴して角に入れば、響き聞こゆること、則ち遠きが如し」とある。諸経典には種々の回向が説かれており、澄観の華厳経疏巻二十六等によると、回向は菩提回向、衆生回向、実際回向の三種に分かれ、更にそれが十種に分かれるとする。①自を回して他に向かう②少を回して多に向かう。③自の因行を回して他の因行に向かう④因を回して果に向かう⑤劣を回して勝に向かう⑥譬えを回して証に向かう⑦事を回して理に向かう⑧差別の行を回して円融の行に向かう⑨世間を回して出世間に向かう⑩順理の事行を回して理所成の事に向かう、の十種である。また父母、君主師匠等に回向することを報恩回向という。このほか曇鸞(どんらん)の説く二種の回向(往相回向・還相回向)がある。これはいわゆる他力の回向で、阿弥陀如来が自らの功徳を衆生に回し向けること。更に別意では菩薩五十二位のうち、十信の第七位、また十回向をさす場合や回向文の略として用いられることもある。

御書 種種御振舞御書(913㌻)